これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」 http://k96.jp/ (サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ) 歩く猫のブログ http://betuneko.blog.shinobi.jp/Entry/156/ でもご覧いただけます。 全16話。このファイルは第11話から第16話まで。20150526更新。 はなまるファンとふざけたおとなむけです。おこさまは よまないでくださいね。 冷酷王のスピーチ(11) 「みなさん集まってくださーい! お知らせがあります、今すぐ王宮広場へ―――!」  火事を知らせる半鐘からガラポン抽選会のハンドベルまで、鐘という鐘がカンカン鳴らされます。 「何だ何だ」 「とりあえず行ってみようぜ」  広場を見下ろすバルコニーには玉座がしつらえられており、気の早い横断幕がばさりと掲げられました。 「何だあれ。『新王即位おめでとう♪はっぴーさくせしょんツルカメッシュ王』……?」 「誰?」 「ツルカメッシュ家と言えば、この国の正当なる王家の血筋。ヨシザワス王以前の大空位時代に、一度廃れたはずだけど……」  物知りリューもまぶしげに顔を出します。  カタコンベの出口は王宮広場に面しており、魔女たちは結局、王宮からめっちゃ近くに潜伏していたのでした。  役者がそろったところで、新時代が動き始めます。  バルコニーに勢ぞろいした貴族たち。  席次は所有する城の格式が高い順です。  最も高位のハルが、貴族連合筆頭として進み出ました。 「れでぃーす&じぇんとるめん、耳の穴かっぽじってお聞きくださいっス! このたびこちらのタカフミ・ド・ツルカメッシュ公が王位を請求し、見事に承認されましたー!」 「えー」 「承認て何だ」 「そんなもの誰がするってんだ!」  困惑した群衆からヤジが飛びますが。 「ふっふっふ、バチカンじゃ」  ダブルピースのツルカメッシュ王は、玉座におさまってご機嫌です。 「いつだって王権は神より授けられるものじゃよ♪」 「認めないぞ! 僕……ごほごほ、ヨシザワス王だって、神さまのトキちゃんから立派なお墨付きもらってるじゃないか。悪魔みたいだったあの子がすっかり更生してまともになったわーって」 「ああ? 誰じゃって?」 「トキちゃん、ほら時を司る神さまだよ!」 「そんなマイナー神は知らんのう」  とぼけてみせるのは年寄りの得意技でした。 「大体あんた、ヨシザワス王に雇われてたじいさんだろうが! 今さら旧家出身を名乗るとかズルいぞ!」 「いやいや。大空位時代の混乱でライバルがバタバタおっ死んでのう。ちゃんと数えればわしが継承権第一位の王太子じゃからして、自己紹介するときは必ず“おうじと呼んでくだされ”と言うとったつもりなんじゃが」 「ま、誰も信じないわね……」 「おじーちゃんは、おじーじゃなくておーじだったのね~」 「うわ、実はよく聞き取れなくて、ずっとごまかして発音してました。オウチかオーチあたりで合ってるかなーと……」  ぼそぼそ言いながら、クドージンズも地下から出てきます。 「道理で貴族の内情に詳しかったわけですね。間者として情報を集めたんじゃなく、普通にみんな知り合いだったのか」  忘れられたとは言え王家の末裔であるタカフミ公からすれば、悪そな貴族は大体トモダチなのでした。 「付き合いがあったのは一世代まえの連中になるがの。訪ねていって思い出話をしてやると、皆とってもよくしてくれてのう♪」 「親の黒歴史をペラペラしゃべられりゃ誰だってビビるわよ。で、魔法支援を失ったヨシザワス政権が弱体化したスキに、貴族連合を束ねちゃったわけ」 「おじーちゃんかっこい~♪」 「ふぉっふぉっ、人徳人徳」  バルコニーの上と下で話がまとまりかけていた、その時。 「すみません、すみません。通してください……おーい! ただいま到着されましたー!」  広場の中央を、一台の馬車がやってきます。  馬のくつわを取って人混みをかき分けているのは、くりくりの坊主頭です。 「フューナリー? お前どうして」 「遅れてすみません! 雨でお馬車が立ち往生したとかで……あれ? もう即位式終わってる?」 「何だと?」  バルコニー前に馬車が横付けされるやいなや、祭祀服の人物が降り立ちます。  泥ハネで汚れた胸元にも、馬車の扉にも、天国の鍵と司教冠をかたどった紋章がありました。 「あの紋章は、教皇庁……」 「ゲリラ豪雨をおして来たというのに、勝手に戴冠しただと? 不敬な、かような王位は承認できぬぞ」 「ええっ、でもでも」  焦ったツルカメッシュ王は、かぶっちゃってる王冠をささっとはずします。 「ちゃんと作法にのっとって、冠を頭に載せてもらいましたんじゃが……こちらのバチカンのお使者に」  指さす先にいるのは、悪い顔した礼服の男です。 「いかにも。異端審問官の私が教皇の権威をもって異端の徒ヨシザワス王を廃し、ツルカメッシュ王に王位を授けたぞ。泥馬車のお前は一体どこの馬の骨だ」 「ちょこざいな寝言を! 我こそは神の代理人、ガチの総本山なれば」 「おまおま、お待ちを、何かの手違いで……兄ちゃんこれって?」 「俺も分かんない、どうしよう」 「あれ、お前フューナリーじゃん」  ハルの背後からイエーと手を振ったのは、平民代表として来ていたナイトでした。 「すごいだろ。審問官どのを手引きしたのが認められて、式典に列席できたんだぜ。お前も前王を売ったのか?」 「違います。僕はもともとバチカンから派遣されて、聖ヨシザワス教会で潜入調査をしてたんですよ」  指名システムや免罪符発行などを異端行為として密告し、トンデモ教会駆逐の手伝いをすれば、父親の身分復権も考慮しようという悪魔のささやきにまんまと乗ったフューナリーでした。 「どいつもこいつも、聖職の守秘義務どした~」 「僕がチクッたのは教会の組織構造であって、信徒さんの告解内容じゃありませんよ。そんなことより、どうしよう。どちらかが……ニセモノ?」  とうとう言っちゃったキーワードが、両陣営にビリリと電気を走らせた、その瞬間。 「やっほーい! 真打ち登場やー!」  マントをなびかせてやってきたのは、カスタムを終えたベンテーン卿。  でも顔はヨシザワス王でした。 「ワシの知るかぎり最強のどエス顔にしてもろたで。これで相手は自動的に受っけ受けのネッコネコになるっちゅー寸法や。ヒャホ―――!」 冷酷王のスピーチ(12) 「ウッヒャホー! キミの王さまが迎えに来たで、子猫ちゃーん!」  ヨシザワス王に見える卿が目指すのは、革命劇の舞台であるバルコニーではなく、広場から道いっぽん挟んだカタコンベなのですが、群衆は何となくバルコニー方面へ道を開けました。 「ちょ、何やねん、通してや」 「どうぞどうぞ」 「ちゃうっちゅーねん。こっちや」  卿は必死にもがきます。しかし、絶妙のタイミングで乱入したヨシザワス王が、展開上どんでん返し以外の何に見えるというのでしょう。 「ヨシザワス王のターンですね!」 「頑張ってくださいよ」 「いや退屈しねえなあ、この王朝」 「この、野次馬どもが~」  ベンテーン卿は悔しげにドールの体を探りました。 「全身絶縁コーティングしてもたから気軽に幽体離脱でけへんのや。かくなる上は……」 「うわあ!」  いきなりズボンを下ろしたヨシザワス王に、人垣がザッと割れます。 「ちょ……ぎゃー!」 「ほーれほーれ」 「なんかビリビリする!」 「電気?!」 「どういう攻撃だ!」 「ほーれ、どかんかい~」 「やだやだこっち来るわよ、放水しながら」  リューたち魔女チームは、カタコンベ前でオロオロしていました。 「群衆をかきわけるならあれに勝る方法はないのでしょうが」 「ションベンほも野郎…………」 「汁出る機能が唯一の放電路になるわけですね。代用体液の生理食塩水に導電性がありますから」  聞きなれた関西弁からションベンドールの正体を理解している一同ですが、見た目がすべてのトキちゃんは、ド下ネタに耳をふさいでいました。 「王さま! やめなさーい!」  呼びかける声もションベンパニックにかき消されます。 「もー、怪しい怪しいと思ってたら、病み腐れた妄執の正体はやっぱり王さまだったのね。魔導バグのカタは必ず付けるなんてしおらしいこと言っといて、陰でこんな邪悪な力をため込んでたんだわ」 「え、トキちゃん? あの関西弁はベンテー、うぷ」  リューは早業でアマネリアをポケットに突っ込みます。 「ごほほ。そうなのよトキちゃん、あれが諸悪の根源よ。どうかお仕置きしてやって」 「よーし、神をだました罪は重いわよ~。うん、あれ」  腕まくりして行きかけたトキちゃんを、見えない壁が阻んでいます。 「どうしたの」 「うっ、ん……とてつもない力を自在に操っているのにあの人、目的は世界征服じゃないみたい」 「まあ、そうでしょうね」 「なんてどろどろの妄執……ここまで迷った倒錯の魂をどう正道に戻せばいいの。うんっ、こんなスゴいの初めて……」  清楚な女子が困っているさまはリューにとってグラビアポーズよりご馳走です。 「畜生、タイプだってば」  ヨシ子さんだの何だの、作り話で丸めこんだ負い目から、リューはひしとトキちゃんの手を取りました。 「あなたみたいなピュアなコに、あんなもんの始末はさせないわ」  よれよれのアマネリアをポケットから出し、そっと握らせます。 「リューさん?」 「しっかり捕まえててやって」  ウインクすると、リューは振り向きざまに魔女のエプロンをずぼんとはぎ取りました。 「ん、んな……!!」 「俺カンケーねえみたいな顔してんじゃないわよ。覚悟して!」  そのまま「勝訴!」みたいに抱えて駆け出すリューを、クドージンズはAIも人間も、フリーズして見送るのでした。  一方、広場のはずれでは。 「おーい、神さま~」  本物のヨシザワス王は、バチカンとバチカンの鉢合わせあたりから気配を消し、人ごみに身をひそめていました。 「トキちゃーん、宗教問題がややこしくなってるんですけど、ちょっと出てきてもらえませんか~」  カレー屋台をノックしますが、返事はありません。 「ちぇ。肝心なときに神さまに留守される体質になってきた。民話のセオリーに嫌われたかな」  有利な伏線のために善行を積んでおくべしと、王は屋台に入り、コンロの火を点けます。  たちまちスパイスの香りが立ちのぼって、人々は鼻をくんくんさせました。 「やってるやってる。一人前くださーい」 「持ち帰りひとつ、チーズメガトッピングね」 「こっちナンで辛味二倍」 「はいはいナマステ~」  おしゃれストールをなんちゃってターバンに巻き、王が気分よく飲食バイトに精を出していると、広場のはずれの喧騒が、切れ切れに耳に届きます。 「……ウッヒャホー、……真打ち登場……」 「…………王のターン、……ほーれほーれ……」 「……ビリビリー、……勝訴!……」 「勝訴?」  引っ掛かりつつ、王はカレーをよそい、お釣りを渡し。  ひときわ大きなどよめきがあって、顔を上げた王の目に飛び込んできたのは、小高い陵墓に駆け上がるリューと、クロス足でうまいこと隠した胎児姿勢の魔女でした。 「子猫ちゃーん! キミが好きそなヘテロ性向のボディを手に入れてきたで。気に入ってもらえるやろか。お道具もなかなかやろ。見てんか、ほれ見てんか~」  ベンテーン卿は、ヨシザワス王の顔で、クドージンのイチモツを露出しています。リューは頭痛をこらえつつ、対ショック姿勢を取ったマッパの魔女を高く掲げました。 「ふっふっふ。どれほどオンナ度あげようが、もう反発せーへんで。しっかりフルコート絶縁してもろたさかいな。ココが唯一の開口部やねん。出力のみ愛の接続端子や。見てんか。ほれ見てんか。○ンコビ――ム」  ひどいセクハラにティーンのストレスも限界です。髪は逆立ち、全身からパチパチと火花が散って…… 「なんか金属臭がする」 「すごい静電気だ」 「来たわ、お迎え放電よ……!!」  魔女の口からまばゆい光があふれます。落雷の直前、地上の電荷が稲妻を迎えて空へと昇るように、充填中のほもほもビームに向かって、悪魔の力が解き放たれようとしていました。 「あれは…………?」  閃光にトキちゃんも息を飲みます。 「わーわー、神さま」  クドージンズは二人がかりで視野をさえぎりました。 「「あれは違うんです魔力みたいに見えますがただの光るゲロですちょっとホタルイカを食べ過ぎて」」  正体バレる、悪魔ピーンチ、と思いきや。 「いただき!」  がばりとキス魔がおっかぶさりました。 「こ、こら何インターセプトしてくれとんねんこのキス泥棒―――」 「んぐ、んぐ―――、ぷは!」  脱力した魔女をボロぞうきんのように捨て、リューはうまそうに口元をぬぐいます。 「さーて。おかわりチャージ、使わせてもらうわよ」  小指を立ててひとポーズ決めると背後の地面が割れ、異様な蒸気が噴き上がり―――。 「カタコンベが崩れた!」 「なな……!」 「何だありゃ……」  もうもうと立ち込める蒸気を割って現れたのは、まっ赤な筋肉組織を露出させた巨人でした。  リューは魔導師ポーズで陶酔中です。 「出しっぱなしにしてたゾンビどもを再利用よ。総量をまとめて全ぶっこみ、ざっと10メートル級かしら。ちょっと歯が多かったわね」  ニカッと笑顔を張り付けた巨人は、嬉しそうに足元を見回します。 「ひ、ひい…………!」 「助けてえ……」  逃げまどう群衆の中から、ひとりが丁寧につまみ上げられ。 「おイタはここまで。観念なさい」 「何や何や、歯が多い―――!!」  絶叫を最後に、ヨシザワス王の顔したおしゃべりドールは、パクンと飲み込まれてしまいましたとさ。 冷酷王のスピーチ(13) 「――――――それでね、巨人のハラの中でなお邪悪なパワーを発信しつづけたヨシザワス王は、とうとう最強の大魔王、電力王となったわけですよ」 「ほほう」 「体は死んだのに心は生きてるホモ野郎と、体はピチピチで心は死んでるゾンビども。反対向きの伝導体がひとつづきの端子でつながれば、それは立派な電池ですから」 「ほうほう」 「つまりは半永久的な生体電池です。女神パトラの陥没孔に巨人を電力ごとプールすれば、夢のスマートエネルギーの完成ですよ。それでやっとほも野郎の妄執を止められたってわけ。破壊も殺処分もできないなら封印するしかないんです。ホラ、太古の昔に悪魔を封印した例の方法ですよ。ブヨピヨッとね」 「ほうほうほう、ほうぁふ!」  相づちの続きがあくびになっちゃったのは、泣く子も黙る異端審問官、キース・ウォルケヌスです。 「で? 二度寝の夢の話はそれで終わりか。ホラ吹き王」  ヨシザワス王はしょんぼり肩をすくめました。 「信じる信じないは自由ですよ。それより、もっとかっこいい呼称つけてもらえませんか」 「命名したのは俺じゃない、教皇庁のデータ管理部だ。さて、調書インデックス名:ホラ吹き王。お前のホラはほとほとつじつまが合っていないな」 「そうですか?」 「普通もうちょっと整合性とか気を付けるぞ。そもそもなぜ、自分の回想シーンを“王さまは巨人に食われましたとさ”でシメる。あと、ちょいちょい出てくる男色傾向は何だ」 「そんなのありましたっけ」 「調書の各所で“ほも野郎”とののしっているが?」 「そうでした。えーと確か、生理的にムリな感じの人外で、ゴリゴリに病み腐れた忌むべき存在……あれれ、これがヨシザワス王、つまり僕……? あれ……?」  やれやれと立ち上がったキースは、気の毒そうに王をながめました。 「すっかり理性がぶっ壊れたな。異端審問の容疑者は大抵こうだが」  書類をかき集め、看守に合図します。 「じゃ、明日の審問では素直に異端の罪を認めろよ。痛くないように処刑してやるから」  がしゃーんと扉が閉められ、ヨシザワス王は鉄格子にへばりつきました。 「僕はまともですよ。少なくとも隣の奴よりは!」 「あいつはモノホンだ」  王の隣にぶちこまれているのは、エルフが見えちゃうあまり自分もおっさんエルフになって幸せに暮らしていたと主張する木こりです。 「見えねえ奴に何が分かる…………なあ、船長」 「ニャア」  木こりは髪もひげも伸び放題、もじゃ毛を利用して白い猫をじゃらしています。  あまりにも可哀想な思い出話ばかりする木こりは、特別にペットの飼育を許可されているのでした。 「しっかしまあ、ごっそり詰め込んだもんだ」  キースは長い歩廊を見わたします。 「異端審問の歴史に残る大量起訴だぞ。こりゃ手続きが大変だぜ……」  ずらりと並んだ個別房は、多種多様な異端容疑者でいっぱいでした。 「蒸したてホカホカの巨人が~」 「全裸のティーン女子~」  王宮広場で一網打尽にされた市民らは口ぐちに幻覚を口走っており、さながらサイコパスの見本市です。 「悪魔が来たりてバグパイプ~」 「なあなあフューナリー、俺のシッポって、ウロコ系だっけ? ヒト肌系だっけ?」 「兄ちゃん、お尻しまって。風邪ひくから~」 「ハル、あんたに元々シッポなんてないわよ。それより私って、デスノートを管理する死神じゃなかった?」 「おや、お前さんはリューさんじゃったかのう。リュークさんじゃったかのう。年のせいか人の名前があやふやで……」 「くそっ、何だってこうあっちもこっちも夢オチみたいになってるんだ」  ヨシザワス王が鉄格子を蹴りつけると。 「王さま、落ち着いて」  かすかな声がして、王は素早く見回しました。声の主は見当たりません。 「ぶっ壊れたのはトキちゃんなの。目で見たものと理性のつじつまを合わせられなくなって、自分で自分を夢オチにしちゃったのよ……」 「消えろ幻聴、僕はまともだぞ。ホモでもないし!」 「うるさい、ホラ吹き王」 「よくも我らの革命を台無しにしてくれたな」  比較的まともに見える一団は、あとちょっとで政権を奪取できたはずの貴族たちです。  彼らの容疑は、バチカンの名をかたるニセモノに加担した詐欺容疑でした。 「おかしいとは思ってたんだ。なんたって発音が……なあ」 「ずっとPA、パチカンって聞こえてたもんなあ」  ツルカメッシュ王に戴冠をほどこした悪い顔の異端審問官は、バチカンのパチもん、パチカンからの使者だったのでした。  名乗るタイミングでいつも雷が鳴り、「バ」なのか「パ」なのか誰も聞き直さなかったわけですが、あとから馬車で来た方も、泥ハネを拭いてよく見ると紋章は天国の鍵ではなく天国の耳かきで、結局どっちもニセモノでした。 「せっかくの革命をグダグダっとさせないためにも、権威母体の真偽はいったん置いといただけなのに」 「そのあと本当に本物の教皇騎士団が乗り込んでくるとは……」 「ありゃ絶対どっかで様子を見てたぜ」 「ずりーよな」  落雷の審問官と泥馬車の枢機卿、両パチもんたちは、ヨシザワス王権の弱体化につけこんで国家宗教への参入をくわだてたわけですが、彼らを遠巻きに泳がせ、介入のチャンスをうかがっていたのが教皇庁でした。 「まったく、一枚上手とはこのことだ」 「完敗だわい……あ、お待ちを審問官さま、すんませんした、すんませんしたーっ!」  パチもんたちはずうずうしく平謝りに転じています。 「われわれ新興勢力なもんで、つい教皇のご威光をお借りしちゃいましたけど、それはそれは反省してるんですよ~」 「ん」  キースはそっけなく調書を見比べます。 「じゃ、悪魔はお前らで決まりな。世界の終わりに神の名をかたる奴はシナリオ的にも悪魔と相場が決まってる」 「そそんな、どうか、どうか~!」 「悪魔教団が革命にテコ入れし人心を騒乱。ホラ吹き王ヨシザワスはイリュージョンを駆使して自らを大魔王に仕立て上げ、物忘れ激しいツルカメッシュ王は統治能力に疑問あり……よし、この線でいけそうだ」 「王領をまるっと教皇領化する気だな。畜生……」 「おじーちゃんは隠居させてあげてねー」  まとわりつくヨーコリーナをしっしと払い、キースはスタスタ歩き続けます。 「っておい、その女だれだ。何でそっち側を歩いてる」  ヨーコリーナは普通に鉄格子の外にいるのでした。 「私の姿は見えないことになってるのよ~」 「魔法か、魔法の力なのか」 「間者の力よ。異端審問で有罪になった女がいてさー、日が悪いとか雨降りそうとか訳分からない理由で火あぶりの執行がズルズル延期になってるけど、あれってどうしてかなーってつぶやいたら、こちらの審問官さまは私のこと見えないフリしてくれることになったの」 「単に脅迫が成功したのね」 「おねーさん、その情報くわしく教えてくださいっス!」 「女の名前はハンナちゃん。魔女として髪を切られたようなショートボブで、修道院預かりということはおそらく妊婦、産まれてくるのはきっとお父さんにそっくりな」 「わーわー、悪魔はみんなの心の中にいるぞ。その正体は……お前だ―――!」  むりくりな怪談オチでどーんと指をさされたヨーコリーナは、めんどくさそうにそっぽを向きます。 「分かった分かった。黙ってるわよ。みんな私のことまで忘れちゃってるんだもん、ゴシップをリークしてもつまんない~」 「ああ、行っちゃうっス……おねーさーん」  ヨーコリーナは見ないフリのキースに追い立てられながら、石壁の角を曲がって行ってしまいました。  納得いかないのはヨシザワス王です。 「てんでおかしい。あの女だれだ。僕は巨人に食われ、同時にそれを見物していたと……? 理屈に合わないことが多すぎる。幻聴はするし……」 「そんなことより、食事の時間っス」  ハルが嬉しそうに鼻をひくひくさせ、大鍋を下げた看守がやってきました。 「わあい、カレーだ」 「ココ、ムショめしにしてはレベル高いわよね」 「この香り……嫌なことすべて忘れられるのう」 「――――――そういうわけか。おい、そのカレーを食べるな」  つぶやいたのは、ずっと奥で気配を消していた裸エプロンの男でした。 冷酷王のスピーチ(14) 「ソラ、とっとと食べるネー!」  オリエンタルな顔立ちの給仕係が、カレーをドカドカよそって回ります。 「ぴち、ハネが飛んだっスー」 「雑すぎるわよ、お嬢さん。自分の国の食文化でしょう」 「私べつにカレー圏出身じゃないネ。中東系の見た目は飲食バイトに説得力出るってだけヨ」 「あらそう。まあ見た目は大事よね」  エプロン男の制止を誰も聞かないので、カレーはおいしく完食され、みんな満腹になりました。 「食うなと言ったのに……」 「ふー」  夕方の台所、くつくつ煮えるおナベ、何もかも大丈夫という気分が、獄舎に満ちあふれます。  エプロン男にとっては苦手な香りで、手近な布で口元を覆うしかないのでした。 「そ、そうやると下が丸出しっスけど!」 「あんたも食べて落ち着きなさい。まともな服装感覚が戻ってくるわよ」 「…………巧妙なやり口だ。現実に違和を感じる人間を一カ所に集め、食餌とアロマテラピーによる意識操作を繰り返せばそのうち……」 「何だか、小さいことが気にならなくなってきたなあ」 「何を不安に感じてたのかしら」 「物事は見た目どおり。それ以上でもそれ以下でもないわい」  人々は落ち着いて食器を片づけながら、現実との折り合いをつけ始めました。 「夢は夢」 「悪魔は悪魔」 「全裸女子はエロス」 「巨人は恐怖刺激」 「たまに夢で楽しめばいいのさ」 「そうとも。エルフはエルフ」 「…………俺は、だまされねえぞ」  バシンとスプーンを置いた木こりは、確かにカレーを完食しています。 「アーこのおっさん厄介ネ。何杯食わせても、キモドリームが落ちないヨ」 「記憶を勝手に洗い落とされてたまるか。手塩にかけた森を、空を飛んだ日を、一緒に見た月を……」 「ニャアニャア」  まぶしい光がキラキラして、白猫がバンザイで立ち上がります。 「船長、お前にも見えるよな、な!」  半泣きの木こりは、にゃんこを抱きしめようとしてバリッと引っかかれました。 「西日追いかけて遊ぼうとしてるんでしょ。ちょっかい出さないの」 「いてえよ。く…………あ、うん分かってる。傷はすぐ洗うんだろ」  木こりは猫じゃない何かと会話しているようで、見た目には百パー可哀想なおじさんです。  誰もがそっと目をそらしましたが、エプロン男は違いました。 「見上げたメンタルだ。この時間回廊に惑わされないとは」 「何の話よ」 「気づかないのか。俺たちはずっと『明日は異端審問で、そのあと処刑』という一日に閉じ込められている」 「またまた、夢物語を~」 「木こりの髪とひげが伸びているのはなぜだ。この男の固有時間が経過し続けているからではないのか」 「確かに。みんな同じ日に投獄されたはずよね……」 「もともと無精なのかも知れないぞ。こいつの髪がこざっぱりしてたって覚えがある奴は?」  ずけずけした声にエプロン男は三白眼で見回し、ヨシザワス王はサド目で切り返しました。 「反証しようってんじゃない。あんたの説に乗ってみたいんだ。そのための確証がほしい」 「残念。地味木こりの地味な髪型、だれの印象にも残ってないネ~」  給仕係は、笑いをこらえながら食器を重ねて回るのでした。 「カレー、うまそうすぎて食っちゃった。この後はどうなる」 「夜が来て寝たらリセットだ。明日、またあの審問官に調書を取られているだろう」 「SFちっくねえ」 「僕、時間ループものは嫌いじゃないです」  ひとまず手を組むことになったヨシザワス王とエプロン男は、離れた房のあっちとこっち、密談というには大っぴらで、誰もが食後の娯楽代わりに耳を傾けるのでした。 「王のホラも、何度か話すうちにネタがこなれていく。つじつまの破たんが許容範囲内に収まれば、俺たちの時間はまた動き始めるはずだ。多分な」 「あら、あんたにも確証はないのね」 「俺には俺の確証がある。毎日がカレー地獄という確証が……うっぷ」  男はエプロンに顔をうずめます。 「いちいちめくって見せないでっス~」 「で、時間ループから解放されても、そこは誰かによって修正された現実ってわけか」 「ずいぶんつまらなそうじゃのう」 「私語は慎めー!」  とりつくしまもなさそうな看守が来て、ガンガン鉄格子をどやしつけます。 「時間がどうも何も、明日が来ればお前たちは処刑だ! 時間がループしてくれるなら逆にありがたいだろうが!」 「うーん、確かに」 「どうか明日が来ませんようにと、神に祈って眠りにつく者もいるだろう。そういう自己暗示が意識操作のキモなんだ。何とか揺さぶりをかけられないか……」 「黙れというのに! 不服従のペナルティだ、今日は早めに消灯ー!」  バンと照明が落ち、獄舎は闇に包まれました。  ひとすじの光もない暗闇。  自分の鼻先はこのへんだという感覚がゆっくりと溶け。  自分が自分だという確信が失われはじめると。  主観にもとづく経験や、時間の矢による因果は崩れ去り。  バラバラになった事象は互いに離れながら、無限に薄まっていった。  現実の宇宙とは違う、広大などこかへ向かって。  認識のスケールをぶち抜いてたどり着くそこは、起こりうるすべての可能性があらゆる方向に展開する、可能性世界の集合体と言えた。  どんな世界も存在しうる。  剣と魔法の世界でも、ロボと銀河連邦の世界でも、巨人と立体機動の世界でも、……以下略。  巨樹が細い枝葉へと分かれるように、ある部分を拡大しても拡大しても、より小さな自己相似形が現れ続けるフラクタルな連続体は、それぞれの可能性が、それぞれに独立した宇宙として、それぞれに枝葉を広げていたが。 「それぞれ~♪」  常人なら頭がパンクしかねない可能性情報のスーパーツリー構造を、楽々と行き来する女がいた。 「お買い物~は楽しいなー♪」  可能性の枝から枝へ、目移りしながら歩く様子はさながらスーパーの買い物客。  腕にはカゴをさげており、折った枝がポンポン放り込まれる。 「あーコレ、リューぽんが服装倒錯してる世界だって~。尼僧服。おネエだからってシスターかよ、ぷくく~♪」  身を乗り出し、またひと枝をポキンと折ると。 「こっちは宇宙天女ネリアと英雄サミーのヒロイックファンタジーか。いらなーい」 「おわ、捨てるな……!」  固い寝床でうなされながら、サミーは必死にもがきました。  獄舎は相変わらず真っ暗です。 「あんた、ほんと買い物好きねえ……」 「欲しいなら買うてやろうかのう……」 「揚げ足取らないでくださいよ……」 「巨乳っス~……」  ヨーコリーナに関する記憶が何となく再統合されますが、役に立たない断片ばかりです。 「ち、しょせん夢か……」  寝つきの悪いエプロン男は、暗闇の中で目を凝らしました。 「おい、起きてるだろうな」 「起きてるよ」  ヨシザワス王だって普通に不眠です。 「このひっちゃかめっちゃかの中でスコンと眠れるこいつらがおかしいんだ」 「夢の中で最小単位まで分解されたら最後、別のつじつまに再統合される。もってかれるなよ」 「……目を閉じてるのか開いてるのかはっきりしない。暗すぎて何かがチラチラするような」 「いや、何かあるぞ。光ってる」 「どこどこ」  光が照らすのは物質ばかりではありません。  それは人間の意識。  光は意識に届くのです。 「…………そうだよ。光を見ようと意識して……」  小さな小さな声がしました。 「聞こえる? 妖精を信じるおともだち……、みんなの力が必要なの……」 「おっおっ俺は信じるぜ! さあみんな、拍手しよう!」 「うるっさいわねえ、静かに寝なさい」 「○ィズニーアニメの見すぎっスよ~」  パン! ……パン! ……パン!  静寂の後のブラボーみたいなしっかりした拍手を送っているのは、誰あろうエプロン男でしたが。 「うう、あんたか。嬉しいぜありがとうよ!」  どうして木こりに男が見えるかと言うと、まばゆいエルフが闇を切り裂き、そこらを飛び回っているからでした。 冷酷王のスピーチ(15) 「うわあ、小さいけどまぶしいわねえ」 「目が慣れるまで、正視しちゃダメだよー」  輝きながら、アマネリアはずらりと並んだ独房の列を8の字にすり抜けます。 「きれいっス~」 「よかったなあ。ずっと光が弱ってて心配してたが」 「やっぱりエルフはキラキラしてなきゃね!」 「おい木こり」 「おう。サミーって呼んでくれ」 「サミー頼みがある。猫を借りたい」 「いいぜ。アマネリア、光で誘導してやって」 「分かったー」  白猫をじゃらしながらエプロン男の房まで飛んだアマネリアは、鉄格子にちょこんと腰かけました。 「で、どうするの? 抱っこ?」 「箱に入れる」 「空き箱遊び?」 「いや、毒ガス噴出装置を仕込んだ密閉容器だ。観測するまで、猫が生きてるか死んでるかは分からない」 「んっ、と、それは……?」 「シュレーディンガーの猫だ。猫が生きてるか死んでるか、確率の波が収縮するとき、重なり合った多世界の枝分かれがパラドックスでつながる、その一瞬に賭ければあるいは……」 「ササ、サミー、このひと!?」 「……大丈夫だ。信じよう。先にあいつがお前を信じてくれたんだ。お互いだろ」 「義理がたいな」 「あれれ、義理がたいのはいいことだぞ。変則ルールの人に親切にすれば、伏線が高利回りで戻ってくるって、誰かが言ってた!」  ヨシザワス王もすっかりヤル気です。 「うまいこといきそうだね。で、その毒ガス装置とやらは一体どこに?」 「今は、持っていない」 「―――? 何を宿題忘れた言い訳みたいに。ドリルやったけど家に置いてきたってか?」 「そこにいる奴に聞いてみよう。変則ルール愛好家、伏線の亡者。出て来て宿題見せてみろ」 「…………急な消灯で、退出のタイミング作りそこねたネ……」  すみっこからのっそり立ち上がったのは、中東顔の給仕係、女神パトラでした。 「舞台をハケそこねたからって、看守を呼んで開錠してもらえば済むことだろう。お前、よほど存在が希薄らしいな」 「……消しても消しても存在の痕が残るような、キャラ濃いお前らには分からないネ」 「フン。夢オチの世界の住人か。保身のために俺たちを売ったな」 「に、睨んだって怖くないネ! トキちゃんの重圧に比べたら!」 「トキちゃんトキちゃん、えーと誰だっけ」 「すごい重要人物ぽいっス!」  キーワードはめちゃくちゃ琴線にふれるものの、誰もちゃんと思い出せないのが、夢オチってやつです。 「確か私の初恋の人だわ。超タイプの……」 「いや、異端審問官を脅迫してたあのおねーちゃんではなかったかの?」 「違うよ、トキちゃんは時の神さま。恋の予感と魔法のために時空をありがちに整えてて、悪魔さんにお仕置きして封印して、ふー!」 「アマネリア!」  身にあまるデータ量に、小っちゃいエルフは目を回してしまいました。 「……そのトキちゃんとか言う奴と、取引したんだな」 「黙秘するネ」 「仮にだが、俺がそれを上回るオファーをしたら?」 「黙秘ネ」 「例えば、永遠の命?」 「……」 「いまいちリアリティがなかったかな。では、無尽蔵のエネルギー?」 「……」 「こいつも夢のような話だった。ディテールを詰めよう。霊魂を仕込んだ人形が合成人体に飲み込まれているんだが、互いに導電体となった両者間では、電位の交換が行われる。半永久的に」 「……」 「こいつを隕石クレーターなどの陥没孔に沈めれば、湖底は天然のガラスコーティング、水も漏らさぬ生体電池だ。送電システムを構築して電力を売るなり自分で使うなり、お前の好きにしていいぞ」 「はう、トキちゃんごめんなさいネ……」  悪魔の誘惑にずっぽしハマってしまった女神パトラでした。 「では、シュレーディンガーの猫装置を出してもらおうか。トラえもん」 「……四次元ポケットないえもんネ。ありあわせで作ってみたヨ」  パトラがしょんぼりと差し出したのは、きれいに洗ったカレー鍋に、追加スパイス用唐辛子の小袋を貼りつけた、シュレーディンガーの猫鍋です。 「ニャア~♪」 「気に入ったみたいだぜ。フタ閉めろフタ」 「フタの穴から唐辛子の粒子が混入すれば、中の猫はクシャミする。粒子が入らなければクシャミしない。これで何とか可能性世界は枝分かれするネ」 「……バカバカしい僅差で、フラクタルの枝を特定するのに難儀しそうだが、そこをアンカーにして時空を掌握できるだろう。一秒の90億分の一のあいだくらいなら」 「セシウム時計の電磁振動一回分? そんな時間感覚を、人間が持てるの?」 「―――俺が普通の人間に見えるか」 「とても見えないわ」  かっこつけても、決めポーズは裸エプロンでした。 「えーびーしーでぃーEFG~♪ FはフラクタルのF。Gはそれよりでっかいの~」  胸を揺らしてスキップしていたヨーコリーナは、はたと足を止めました。 「誰か、クシャミした?」 「どうだろうな」 「あー、変態アッケージョ」  一気に冷めたヨーコリーナは、エプロン男に買い物カゴを投げつけました。 「よくもパトラをユーワクしたわね~」 「お前とも取引したい」 「その手には乗らないわよ~」 「お前の買い物が終わらない理由を教えてやろうというんだ」 「女の買い物に、果てはないの~」 「目当てのものが見つからないんだ。そうだろう」 「ぷーん」  ヨーコリーナは口をとがらせて横を向きます。 「クドージンは俺が隠した」 「…………きー!!」  豹変したヨーコリーナは、ダッシュで悪魔にタックルしました。  が、一秒をはるかに下回る速さでかわされます。 「どこよどこよ、出しなさいよ!」 「条件がある」 「言うだけ言ってみれば!」 「お前の超人的な処理能力が必要だ。生データをふるいにかけて、俺たちが俺たちだった世界を再統合しろ」 「そんなんすぐできるわよ! はい、はい、はい」 「こら、雑に扱うな」  カゴいっぱいになったフラクタルの小枝は、挿し木の要領でつぎ合わされ、首尾一貫したひとつの宇宙として存在を始めるはずです。 「…………いや、全然違うぞ。がっしゃがしゃだ。分からないと思って適当にくっつけたな」 「ふふーんだ。悪魔だからって人より優位に立ってるつもり~? ばーかばーか」  ヨーコリーナはお尻をぺんぺん叩いて行ってしまいます。 「くそ、報酬を先払いするしかないか……。お前の手練手管で、条件どおり仕事を終わらせろよ」 「―――善処します」  薄暗い監視ブースでカッとかかとを鳴らしたのは、怒鳴ってばかりいた看守です。  極悪非道っぽい軍帽を脱いだクドージンは、ふうっと息を整えました。 「ヨーコリーナさん、一緒に温泉行きませんか―――!!」 冷酷王のスピーチ(16)  何事もなかったような、すべては二度寝の夢だったような、あやふやな気持ちにさせる、そんな黄昏。 「えーん、えーん」  誰かが子供みたいに泣いています。  やっと男物を着ることができた悪魔は、西日の中をぶらぶら歩き、しゃがんでいる女の子を見つけました。 「どうした。何が悲しい」 「うっ、うえっ、えぐ……、分からないの。どうしたらいいか」 「そうかそうか。王さまが巨人に食べられたあと、カレー屋台からも王さまが登場して、もーわけ分かんなくなっちゃったんだな」 「んっ、そう……」 「あいつはどうせドヤ顔で、ちょこざいな魔法なんぞ小指いっぽんで無効化してやったわーとか、即興のホラを吹いたんだろう」 「うんっ、魔法帯域のバランスがすっかり計算合わなくなって……あなたはだあれ?」 「覚えているはずだ。昔、とても長い時間を一緒にすごしたよな。夕方の台所、くつくつ煮えるおナベ……」 「……今夜はカレー、何もかも大丈夫……」 「何もかも大丈夫」  最後がハモって、泣き顔がほろんとほころびます。 「魔法帯域の心配なんかしなくていい。お前は斗機。北斗七星の柄の部分だ。いわば天空をめぐる時計の針」 「北斗七星、トキ……」  見えるものを見える通りに呼びたいタチのトキちゃんは、こういう言葉遊びが大好きです。 「斗機は一日の長さを測る。俺は明けの明星、季節の基準だ。一年の長さを測るから、お前よりお兄ちゃんだぞ」 「お兄ちゃん……」 「トキ、うちへ帰ろう」 「―――てなわけで、何もかも僕の不用意なアドリブがいけなかったようです。サーセンした!」  ヨシザワス王は高校球児のように王冠を脱ぎ、ぺこーっとお辞儀をしました。 「いやしかし、ほんのひと言で神さまを自己矛盾フリーズさせるなんて、僕ってやっぱりタダ者じゃないっつーか、退位してもタダじゃ起きないっつーか」  いっぽん指でくるくる回していた王冠が、華麗にすっぽ抜けます。  ガコンガラーン。 「あーあ」 「何か部品取れたぞ」 「退位のセレモニーぐらいびしっとキメなさいよ」  来賓たちがわらわらと王冠を拾い、へこんだところを叩いたり、折れた十字を接着したりと、応急処置があったのち。 「―――なんやかんや、専制君主の権威をもって、新王ツルカメッシュに王位を譲る。はいどうぞ」 「む。権力の座は……重いのう~」 「前任者のせいで問題山積みっスもんねー」 「おじーちゃん頑張って~」  お風呂あがりのヨーコリーナによって、時間回廊はてきぱき解体されました。  動き出した時間は、一夜明けた翌日から始まり、それは異端審問当日。  陪審団の前に引き出された容疑者全員がトランス状態になり、とある修道女について語り始めたのです。  マジシャンの家系というプロフィールに始まり、あまりによくできたマジックショーが異端とされたいきさつから、取り調べ中に花ひらいたロマンスの詳細まで、声をそろえた証言の異様さに、教皇庁は容疑者たちを奇跡認定し、ハンナちゃんを聖女とし、わーわーわめいてラブシーンの再現ゼリフを妨害したキースを破門としました。  釈放されたヨシザワス王は涙ながらに教皇庁への忠誠を誓い、免罪符で儲けたお金をどっさり寄付したといいます。 「ま、金で水に流してくださいってことですねー♪」 「各種ハコモノまで事業清算とは思い切ったのう。身の振り方は決まったんかの?」 「キャラの幅には事欠きませんから♪ピーピーピ~」  女神パトラが設立したパトラ電気は、夢のクリーンエネルギー。  夢見る明日へ。パトラ・パワー・プール。ピーピーピ~♪  ……みたいな、いい感じのことしか書いてないお手盛りパンフの表紙を飾るのは、キャラの鮮度が落ちないうちに契約したヨシザワス前王です。  リューは苦い顔でパンフを丸めました。 「頭文字で3P……、恥ずかしい略称ねえ。実態はオカルトと紙一重のくせして」 「じゃあ、あれってやっぱり魔法なんだな? 電力とか言ってるが」 「あらサミー」  着古しの礼服を着こんだ木こりはこざっぱりと散髪していますが、誰にも気づいてもらえません。  サイズが人間に戻ってることにも気づいてもらえないのだから当然でした。 「どうかしらね。十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかないと、昔のSF作家も言ってるわ。もうミソもクソも一緒」 「つまり、魔法もこれまでどおり使えるんだな?」 「ミソとクソを選り分ける作業になるわ。まっぴらよ」  リューはお手上げのジェスチャーをします。 「トキちゃんが“お兄ちゃん”に管理を委譲して以来、魔法帯域はぐっちゃぐちゃなの。ヘタに手出ししたらウ○コまみれよ。だからあのアホ王も退位勧告に応じたのね。魔法支援なしのハードワークにはこりごりしてるんでしょ」 「そうか……」  人の輪を離れたサミーは、花壇に身をかがめました。  小さなつぼみが風もないのに揺れています。 「すまん、俺の姿はこっちで安定しちまうようだ。……おっさんエルフも割と気に入ってたんだがなあ」 「いいよ。サミー、よっぽど嬉しかったんだね」 「人間に戻れたことがか? そうでもねえよ」 「人間の姿でエルフを信じてもらえたことが、だよ」 「……そうだな」  式典は晴れがましく続きます。  人々はダラダラと行列に並び、新王に祝辞を述べていきました。 「タカフミ公。ずっとお名前を間違っていてすみませんでした」 「かまわんわい。それより復職の件、考えてくれたかの」 「はあ」 「あんたのような人材が必要なんじゃ。なんせ国庫はカラッポで、ヨーコリーナちゃんみたいなガメツいプロ……ごほ、高給取りを雇う余裕がのうて」 「でしょうね。おっ……と」  クドージンは何だか立ち位置が定まりません。 「久しぶりの王宮は落ち着かんかの?」 「どうも相棒が近くにいないのは慣れませんね」 「あんたはどっちじゃっけ。ドール? 生身?」 「さて、両方でしょうか」 「ああ?」  ヨーコリーナが可能性宇宙をフルスキャンしてもクドージンズを見つけられなかったのは、ひとり分のペルソナに、ふたり分の自我が詰め込まれていたからでした。 「悪魔に魂を売った生身の私と、ヨシザワス王の所有ドールである私。この排他的な二項は決して『and』でつながりません。今の私はどちらの値を参照されてもこれを肯定し、同じく否定し、結論の出ないやり取りを無限に返すことで、検索を逃れ続けたわけです」 「も~、後ろつっかえてるのよ」  割り込んだヨーコリーナは、玉座の肘かけにお尻を乗せました。 「おじーちゃん、スカウトできた? 悪魔の下僕どこですか検索に、ひゃくおくまん回の『no』を返した以上、くどりんはフリーだからね~」 「完全フリーではありませんよ。同じだけ『yes』を返したはずです」 「言った分だけはフリ~。人間なんだから融通をきかせるのー」 「それが多重人格ならぬ一重人格といった感じで……いや違うな。無限鏡像人格……?」  ひとりになっても脳内会議がせわしないクドージンです。 「せっかく水没してもへーきになったのに~。温泉入っても落ち着かないったら」 「すみません。もとが同じ人間のコピーですのでぴったり重なるっちゃー重なるんですが、誰かがのぞいてる / 自分がのぞきをやってるという感じが常にあって」 「のぞきがいないかのぞいて来ますーとか言って、お湯から出たり入ったり。まあいい眺めではあったけどー♪」  会話の処理速度も常人を上回る化け物カップルは、かみ合っているのかいないのか常人には分からないのでした。 「こりゃ、年寄りを置いてけぼりにするでない。つまりお前さんは人間であり、同時にAIであると?」 「そうなりますか。職場で浮きそうですね」 「二人で給料ひとり分……。ぜひうちへ来てくれい、バリバリ事務処理してくれそうじゃー♪」  ―――そのころ。  森でバリバリ発電しているのは、オカルト満載の生体電池です。  中央のエナジープールを囲んで、余剰熱を利用したカップル温泉が点在します。 「ったくどいつもこいつも、イチャイチャイチャイチャ……」  水底で膝を抱える巨人、の中にいるヨシザワス・ドール、の中にいるベンテーン卿は言いました。 「ワシが電気属性であり、同時に火属性であることを、みんな忘れとるようやのーう……」  巨人の尻からごぼぼっと気泡が噴き出し、それは可燃性のメタンガスです。 「おっとガス漏れや。まだまだ溜めるで。原料の有機物にはことかかんからな。そしてこんな封印魔法、一気に吹き飛ばしたる。楽しみに待つがいい。屁ーこく王の復活をな―――!!」 (冷酷王のスピーチ・おしまい) お付き合いありがとうございました! 次回「ベンテーン卿の復活」あるいは「解放奴隷クドージン」あるいは「カレーのお兄さま」で、お会いしましょう?(疑問形)