これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」 http://k96.jp/ (サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ) 歩く猫のブログ http://betuneko.blog.shinobi.jp/Entry/156/ でもご覧いただけます。 全16話。このファイルは第1話から第10話まで。20150525更新。 はなまるファンとふざけたおとなむけです。おこさまは よまないでくださいね。 冷酷王のスピーチ(1) 「みなさんこんにちは。楽しい魔女狩りのお知らせです♪」  それは突然の布告でした。 「今まで普通に魔法とか言ってましたが、あんなもんはまともな理性への冒涜です。ファンタジーは人を惑わす麻薬です。かしこい愚民のみなさんは、アッこの魔女と思ったらすぐ通報しましょう。僕は専制君主なので、この殴り書きがそのまま法的効力を持ちますよ♪」  かくして、ヨシザワス王による魔女狩り令はウ○コの玉璽をドカドカ押され、ドカンと発布されました。 「さて、ターゲットはティーン女子に化けた凶悪魔女。素足にワイシャツいっちょという凶悪ないでたちで、おそらく女装がめんどいのでしょう。王宮執務官クドージンは太股べったりの下僕となり果てました。ちなみにそっくりなもうひとりはAI搭載のリアルドールですが、あれれ、いつだかの悪魔的契約によると、クドージンと引き替えにドールの方は王の所有となったはずだよね。何をしれっと両方連れ歩いているのかな。3(ピー)か。3(ピー)要員かクソが。かようなインラン魔女には裁きの鉄槌が必要です。サカッてるとこ見つけしだい聖水か何かぶっかけてやりましょう。大盛りカレーならてきめんです♪」 「―――王さま公認ぶっかけカレーは王宮広場の屋台にて発売中。クーポンは併用できません♪……布告だか広告だか分からなくなってるなあ」  そう言ってチラシを丸め、ゴミ箱に捨てたのは、フューナリー・ニッシーナ。  いっぱい隠してた隠し子がどんどんバレて僧侶身分をはく奪された父に代わり、教会で研修中の身です。 「さて、清掃おわりっと」  ふと見ると、告解室に「入ってます」の札が出ています。  衿元をととのえたフューナリーは、いそいそと聴聞ブースに向かいました。  狭い個室を閉めきると、網あみの格子窓から透けて見えるのは女のシルエットのようです。 「こんにちは。御恵みがありますように」 「……」 「何かお困りですか?」 「あのー」  女はますます小窓に身を寄せました。 「チラシに載ってた凶悪魔女ですけど、私、知ってるんです」 「ほう」 「誰にも言わないでもらえます?」 「娘よ。ここは神の家ですから、聞いているのは神だけです」 「そんな杓子定規な」 「一応マニュアルですから。僕には守秘義務がありますし」 「人間ひとりの義務感あてにしてもなー」 「分かりますよ」  尻ごみ傾向への対応も、きちんとマニュアルに載っています。 「誰にも相談できずにいるのはさぞ心細いことでしょう。何でもかまいません、まずは話してごらんなさい」 「そうしようかなー。んしょ」 「娘よ、胸を窓枠に乗せないように」 「肩こるのー。私Gカップで」 「神の家で、カップ数とか言わないように」 「アンダーはね~」 「娘よ、アンダーもいりません」 「何でも話せって言ったじゃん~」 「揚げ足を取らないでください、ヨーコリーナさん。あ、しまっ」  フューナリーは思わず天を仰ぎます。 「きゃはは、名前言った~。はるるんのオトート君ばかー」 「ホクロで分かるほど顔くっつけてるからですよっ。そっちこそ僕の身元とか言わないでくださいっ」  小窓の網目にぴょこぴょこ差し込まれるティッシュのこよりをつまみながら、フューナリーは必死に立て直しをはかるのでした。 「ここは神の家で、守秘義務がありますから、何も外へ漏れる心配はありませんっ」 「アメちゃんとかくれないの~」 「日曜学校のごほうびは子供だけですっ」 「大人でお子様ランチOKのとことかあるじゃん~」 「もう、用事ないなら帰ってもらえますか」  涙目のフューナリーですが、ヨーコリーナは低反発クッションとスナック持参の長居モードです。 「まあ聞いてよ。間者なんかやってると、うかつにしゃべれないことばっかでストレス溜まんの~」 冷酷王のスピーチ(2) (ヨーコリーナによる回想)       : >「くどりーん、混浴温泉は好き?」 >「お久しぶりです、ヨーコリーナさん」 >「温泉とは嬉しいお誘いですね」 >「アッケージョも一緒に行こ~」 >「もちろんだ」 「ちょちょ、ストップ」  フューナリーがさえぎります。 「何ですかこれは」 「回想シーンだけど~」 「生データ投げられても分かりませんよ。どれが誰ですか。急に混浴温泉って何ですか」 「ほら、泉の女神のパトラがね、地熱ボイラー引っ張ってきて泉全体を沸かしたから、男も女も入りにオイデーって。もう金の斧・銀の斧設定は飽きたのね~」 「アッケージョというのは?」 「明けの明星を可愛くしたのよ。登場のとき『俺のことは明けの明星とでも呼ぶがいい』とか言ってたでしょ、カッコつけた割に定着しなかったからー」 「悪魔も恐れぬネーミングを……」 「じゃ、回想に戻る~」 「そうはいきません」  フューナリーもダテに人の告白を聞いてきたわけではないのです。 「そんな丸出しのフィクションは受け付けませんよ。お尋ね者の彼らが、突然やってきたあなたと仲良く出かけるわけないでしょう」 「ぶー」 「妄想も脚色もなしで、もう一度」 「はあーい」 「あと、ト書き的なものも少し増やしていただけたら」 「んー」 (回想やりなおし)     : 「くどりーん、混浴温泉は好き?」  クドージンの背後で青ざめるティーン娘。 「お前……! なぜここが分かった」 「えーおうちがあるから入っただけ」  一同はヒソヒソと密談。 「エントランスの視覚トラップが効いていないようです」 「レンガを幾何学模様に積んで3D錯視を作り出し、ぐるぐる回るロータリーと思わせて素通りさせるだまし絵的空間偽装ではないのか」 「ヨーコリーナさんを常人と考えてはいけないのかもしれません」 「錯視とは、脳が情報を圧縮するときに起きる高度な変換バグ」 「情報をフルサイズで丸呑みしてしまうヨーコリーナさんに、知的生物を想定したトラップは効かなかったんですね」  ヨーコリーナは、バカって言われた気がした。 「ストップストップ。ト書きヘタですね……」  フューナリーは坊主頭を抱えています。 「つまり、魔女さんたちは特別な隠れ家に潜伏しているのですね?」 「そうよ。しばらくは森のきこり小屋に住んでたんだけど、思春期のガラスのハートがバランス崩すたび一瞬で窓を割るわ、森の生木を引き裂くわで大変だから引っ越したんだって~」 「魔女が、自分の魔力を制御できなくなっているのですか?」 「厳密に言うと魔力じゃなくて思春期の一過性ESPで、魔法とは別ジャンルらしいわ~。本気の魔法使うとトキちゃん神さまに居所バレるから自粛中」 「不安定女子のイライラはノーカウントというルールですか。トキ神って、魔女さんじゃなくてヨシザワス王を悪魔だと思ってくれてましたよね?」 「“サミー・エバーパインの逆襲”あたりのエピソードね。なつかしー」 「ちなみにそう言いくるめたのは僕ですが」 「うんうん。オトート君のトンチのおかげで悪魔でも安心して暮らせるようになったのに、イラッとするたびティーンのフラストレーション発動して、ポルターガイスト起きちゃうんだって。オンナのカラダひとつ乗りこなせないで、あのヘタクソー」 「意味ちがって聞こえますよ」 (回想つづきから / 生データ形式)    : >「くどりんたちも、あれから色々あったのねー」 >「はい。魔法はあまり使えませんから、隠れ家の偽装もすべて手作業」 >「ポルターガイストが噂になるたび夜逃げしては隠れ家を作りますので、レンガ積みのDIY技術が身に付きました」 >「王さまが魔女狩り令出したし、暮らしにくくなっちゃったわね~」 >「あの件で実害はこうむっていませんよ」 >「人相書きが全然似ていませんので」 >「王さま直筆だもんね」 >「ずいぶん急な布告でしたが」 >「ドールを返してほしいみたいよ~」 「たびたびすみません」  フューナリーも一時停止操作に慣れてきました。 「あのトンデモ布告ってそういう意味だったんですか? カレー屋の宣伝とか、個人的恨みとかじゃなくて?」 「事務処理にAIの手を借りたいんだって。国王の仕事が忙しくなったからー」 「真面目に王さまやってるんですね」 「リューぽんが魔法支援から手を引いたでしょ。自分でちゃんとしなきゃいけなくなったのよ~」 「リューさんとケンカでもしたんですか?」 「なんやかんやで魔導法則が狂ったままじゃん。魔法は頼りにならないの。あの変態のヤクザ悪魔がいつまでたってもバグを修正しないからだーって。あのクソがーって」 「って、王さまが言ったんですね。やっぱりだいぶ恨んでる」 「ドール取り返すついでに、バグはこいつのせいですよって、本当の悪魔をトキちゃんに突き出すつもりみたいー」 「そううまくいくのかなあ」 (ひきつづき回想)     : >「―――なるほど。ヨシザワス王は厄介を一気に片づけようとしている」 >「ご忠告ありがとうございます、ヨーコリーナさん。我々に情報を漏らしてしまってよかったのですか?」 >「聞いてらっしゃいませんね。あの、将軍の頭をなでないでください」 >「ねえねえ、アッケージョはどうしてワイシャツいっちょなの~?」 >「……女ものをあまり持っていない」 >「つい習慣で、寝起きは男ものに袖を通してしまわれるのです。私どものシャツなのですが」 >「私のお下がりあげようかー。清楚系の紺ワンピあるけど」 >「……いらん」 >「じゃあ温泉は~?」 >「……何だその二択」 >「じゃあくどりんと行くねー」 >「……」 >「ヨーコリーナさん、せっかくですが、ドールは精密機械ゆえ水没はちょっと」 >「人間の方でいいってばー」 >「どっちが人間なのかも、自分ではちょっと」 >「分かんないの? じゃ、二人ともお風呂入れないわけ?」 >「防滴加工ですので、シャワー程度なら平気です」 >「うん、どっちもいい匂い~くんくん」 >「ヨ「ヨーコリーナさん離れてください」さい」 >「ねえアッケージョ、人間のくどりんをお持ち帰り希望なんだけど、どっちがどっち?」 >「……そのふざけた音韻で人を呼ぶのをやめたら教えてやる」 >「アッケージョも来ていいってば。混浴だから性別ゴッチャ煮のひとも大丈夫、きゃ!」 >「ヨーコリーナさん、伏せてください!」 「―――で、イライラの限界を迎えた魔女さんがポルターガイストを発動させ、隠れ家は地下のワイン倉だったので棚の酒瓶が割れまくり、とっさに覆いかぶさったクドージンさんのおかげでヨーコリーナさんは無事だったけど魔女さんはガラスの破片で切り傷だらけ、クドージンさんの地味魔法で地道に治療するほかなく、ヨーコリーナさんは邪魔なので帰ってくださいと言われ、割れ残ったワインをたくさんお土産にもらった、と……」  生データのオーバーロードに吐きそうになりながら、フューナリーは何とかまとめます。 「しゃべったわ~、爽快♪」 「気が済みましたか? そろそろ帰ってくださいね……」 「んもー、ちゃんと懺悔しに来たんだってば。手配犯見つけたのに捕まえるの忘れちゃって、間者として罪の意識を感じてま~す」 「はいはい……」  フューナリーはよれよれと十字を切り、シメの定型句を絞り出すのでした。 「朝晩お祈りを唱えなさい。御慈悲により罪は赦されます」 「きゃはは、真面目坊主ウケるー。じゃーね~」  小窓がパタンと閉じられ、神の家に静寂が戻りました。 冷酷王のスピーチ(3) 「フューナリー、今あがりか?」  休憩室で声をかけてきた青年は、同じ僧服でもやけにキラキラしていました。 「どうも。ナイト先輩」 「シフトいっぱいかかって売り上げゼロかよ。お前、いつになったら専属指名が取れるんだ?」 「そのシステム、おかしいですよね……」  魔女だのバグだのもっとおかしいシステムだって基本だいじょうぶなここ聖ヨシザワス教会は、ヨシザワス王出資の新設教会です。  バチカンとかのガチなアレとは一線をおいた新宗派である聖ヨシザワス教会は、オリジナルの免罪符も売っていて、中でもこのブラザー・ナイトは、イケナイ個室面談で信徒の罪状を増やしちゃー免罪符をバンバン売り上げるナンバーワンホス、もとい聴罪僧なのでした。 「あのGカップの客はむずかしいぞ。低反発クッションとスナックだけ取って、俺の名刺は捨ててくんだぜ」 「あなたですか。教会の入り口でそういうものを配ってるのは」 「もちろん俺はナンバーワンだからそんな営業しなくても指名は付くけどな。お前みたいな新人が参考にできるよう、基本をやってみせてんの」 「ありがとうございます」  めんどくさいセンパイほど話が長いのは、たぶん神の試練です。 「しっかしお前も大変だよなあ。僧籍に入ったのって親のチョンボのケツ拭くためなんだろ?」 「まあ修行も楽しいです」 「隠し子バレたのはでけーよな。あと教会の地下でやべー本作ってたって?」 「あれは、人間賛美の観点からルネッサンス的な啓蒙を目的とした」 「官能小説だろ?」 「官能小説です」 「救いがてーな。しかもお前の兄ちゃんシッポあるよな?」 「まあ、はい」 「つか異形かよ。ファンタジーかよ。そのダークファンタジー性を買われて王から拷問城を拝領したんだ?」 「違います」 「んだよー俺、ウケると思ってシッポ衣装作っちまったんだぜ。猿シッポでサイヤ人意識してみたけどどう思う?」 「そうだ、僕アレに行かないと」  用事思い出した感を出しつつ、フューナリーは逃げるように立ち去りました。 「ち、あいつ殺す」  表情を変えたナイトは、一冊のノートを取り出します。  目に狂気、ペンには憎悪をたたえた彼のフルネームはヤガミ・ナイト。漢字ひと文字でライトと読ませる当て字の人とは違うので、書いているのは普通に頭の悪い悪口でした。 『ありがたい俺さまの話を途中ブッチ殺す。父親のためとか何アピール。兄貴の出世とかどーせコネな。そのコネ教えろ。王に取り入る最短ルート教えろ。それか死ね。俺にコネを教えてから死ね。シネ・コネ・シネ・コネ……』  黒いモノローグで、見るまにページは埋まります。 「くそ、ノート終わった。ここにねーかな……あーった」  落としもの箱を探ったナイトが「もーらい♪」と引っ張り出したのは、不気味な黒いノートでした。 「ん? どっかでデスノート落としたネ」  女神パトラは胸の谷間を探ります。  右乳左乳と景気よく脱いでは衣をバサバサ振りますが、探し物は見つかりません。 「まいっか。脱いだついでに温泉入るヨ。あー平和ネ~」 「どっぷりとぬるま湯に浸かった平和はまやかしです。魔女はいつだってあなたの懐を狙っていますよ」  王の魔女狩り令・第二弾は、似てない人相書きに頼るのをやめ、人々の不安を煽る方向へシフトしていました。 「ホラ隣にいるのがまさに奴らの手先です。魔女の魔の手にぺろんとケツをなでられる前に、片っ端から通報しましょう。おネエしゃべりのハーブ屋などは特に注意が必要です。股間に危険ハーブを隠しています。あと、魔法バグのせいで王政支援できないなんて嘘だよね。ことあるごとにクドージンにべろちゅー迫ってたし、“騎士ハルミオンと十二の試練”あたりではガンガン魔法使ってたよな。自分だけ修正版入れてバグシナリオすり抜けてんだろ。ずりーぞ。くだんのキス魔を、危険路チューの罪で告発します。アッこのおネエと思ったらスグ通報。情報提供者には100パー勝てるパチンコ必勝法教えます。ナルハヤシクヨロ!」 「――ったく、何だってこっちにとばっちりが」  ぶつぶつ言いながら、リューはジョッキビールをあおりました。  相変わらず読みにくい布告文はキーワードだけがひとり歩きし、股間は詰め物だとかオトコと見るとすぐ襲うとか言われてハーブ屋稼業が立ち行かなくなったリューは、場末の酒場でクダをまいていました。 「察するところ、また以前のように魔法支援してくれってことよね。分かりづらい子……」  ヤケ酒がすすむリューの目の前が、急にキラキラすると。 「リューさん、ここにいたあ」 「アマネリア、バカ隠れて!」  リューは木製ジョッキを逆さにしてエルフを閉じ込めました。  隣の酔っ払いが目をぱちくりさせます。 「よう、今そのあたりキラキラしなかったか?」 「やーね幻覚? 酩酊はアルコールだけにしときなさいよ」  おネエ笑いでごまかしますが、ジョッキからはミュートのかかった声が漏れてきます。 「(リューさん、出してー、酔っぱらっちゃう)」 「しーしー、しょうがないわね。バンザイして」  リューはそっとアマネリアをつまみ出し、耳たぶにつかまらせました。 「コレお気に入りのピアスなの。キラキラフィギュアが可愛いでしょ?」 「あー」 「おネエな上にオタク」 「怪しいキャラの渋滞」 「なあ、魔女ってこれのことかも」 「布告の手配犯だ。通報するべ」 「……ズラかるわよ」  リューはそのへんのカップや食器をひっくり返し、あわあわする酔客にクリーニング代を叩きつけて店を出ました。 「あのカオス布告のせいで色々デリケートなのよ。目立つ登場しないでくれる?」 「はあ~い」 「で、私を探してたのよね」  片耳にアマネリアをブラ下げたリューは言われるままに歩き、墓地の崩れた階段を降りていくと、そこは放棄されたカタコンベです。 「告白なら体育館裏ぐらいにしてよ……。うわ、何なの目が回る」 「視覚トラップだよ。目をつぶって」  複眼のアマネリアに錯視効果は効きません。耳たぶを引っ張るエルフに先導され、リューは魔女の隠れ家へとたどり着いたのでした。 冷酷王のスピーチ(4) 「リューさん。お呼び立てして申し訳ありません」せん」  同じ顔して同じ角度に頭を下げるクドージンズの後ろには、魔女が面倒くさそうに立っています。裸エプロンです。 「……どうしてそんな女装のグレード上げてるの。ワイシャツいっちょって聞いてたけど」 「女装なぞしていない」 「確かに中身は女体だから衣装として間違っちゃいない……いや間違ってるは間違ってるけど……いやティーン女子の姿自体がコスプレ……もういいわ。好きにして」 「すべて、追っ手をかわすための偽装だ」 「追っ手ってトキちゃん? “サミー・エバーパインの逆襲”あたりのエピソードからすると、トキちゃんは悪魔を反省させたと思って帰ってくれたんじゃなかった?」  久しぶりだと同じ話の繰り返しで大変です。 「あれからいろいろあったわねえ。魔法使うのガマンしてる限り、正体バレる気づかいはないんでしょ。王さまの人相書きは似てないし、何でこう神経質に逃げ隠れしてるの。裸エプロンは別の意味で通報されるわよ」  パリパリッ 「何かラップ音したわね」 「将軍がイライラし始めたのです。気を付けて」  魔女の髪がさぱーと逆立ったと思うと、アマネリアがひゅっと飛んできてくっ付きます。 「やあん、静電気~」 「エルフの衣は化繊とよく似た繊維構造なので、くっ付いてしまうんですよ」 「このことで、リューさんのお力をお借りしたいのです」 「私に何をしろっての。この帯電オーラは何」 「将軍の……五番目のしもべです」  むかしむかし、“王さまとブヨピヨ”あたりのむかし、花火にされて打ち上げられた、気の毒なベンテーン卿がいました。  地水火風、四大元素をあやつる天使将軍によって、卿は火属性に振り分けられましたが、“サミー・エバーパインの逆襲”で川に落ち、断末魔のスパークから電気属性へと自力で属性変更した卿は、たまたま放電中だったデンキウナギの肛門に吸い込まれました。  このウナギが川底でピカピカする落し物を飲み込むと、それは小さなトルマリン、トルマリンは別名電気石、卿は帯電しながら機会を待って、ぽかぽか陽気の休日に、猫の船長がのんびり垂らす趣味の釣り糸に食いつけば、ウナギの腹からコロンと出てきたきれいな石はペンダントにぴったりニャ、わあ船長ありがとう♪―――ってウキウキ帰宅したエルフのシェアハウスメイトは、すっかり油断した我があるじだったというわけです」 「何がというわけですよ。ナレーションとセリフの境界を軽々と超えてんじゃないわよ」  リューははやるツッコミを抑え、両手で顔を覆いました。 「なんてはるばると……、飼い主を追って何キロも旅する犬みたいじゃないの。やだ、こういうの弱いのよね、会えてよかった……」  相手が霊魂でも電気でも同情の分けへだてないリューをしり目に、クドージンズはかまわず続けます。 「ホモまっしぐらな電気石は不安定女子の不確定性により着弾目標を見失い、迷走エネルギーで木こり小屋は大破。そのまま地中へ放電しましたがビリビリと静電気がおさまらず、風はさわぎ、生木は引き裂け、女体に近づけないイラ立ちと欲望が元気玉のように集まり出したのです。悪魔ピーンチ」 「ナレーションやめなさいって」 「バチバチですごかったんだよ! 私なんか変身アニメみたいにはじけちゃったんだから、衣が」 「おっさんはさぞツボったでしょうね」 「サミーは怒ってたよ。こっここ、小屋弁償しろーって」 「怒りのあまりどもったってことにしときましょ」 「何とか第二波が来る前に絶縁テープをぐるぐる巻いて現場離脱し、その後は女子力をめいっぱい上げることで、危ういホモよけバランスを保っている次第です。しばらくは素足ワイシャツでしたが、とてもおっつかず」 「今や裸エプロン……、ホモ封じも大変ねえ」  善良なリューはうっかり普通に同情してしまったのですが。 「ふふ――。善き魔法使いリューよ、どこまでも善良な奴め。ふふふ―――」 「この“ふふ――”っていうのはもしかして笑ってるの? クドージン」 「まだ女子の発声に馴染んでおられなくて」  ふふふのキーを探る魔女が小首をかしげます。エプロンの肩ヒモがいい感じに滑り落ちました。 「ちょ、肩ヒモそのままでセクシーポーズに移行してるわよ。どういうこと」 「森に落ちてる雑誌のポーズだよ。女子力アップでホモ封じ。はいのけぞってー。谷間をぎゅーん」  アマネリアのキューに合わせ、グラビアポーズが繰り出されます。 「リュー。根が善良なお前は、困ってる者を放っておけないはずだな」 「まあそうよ」 「困ってる悪魔も、放っておけないな」 「何なの」 「はい、女豹ぎゅーん」 「いま俺は困っている」 「とてもそうは見えないわ」 「はー…………」  女豹から立ち上がり、半身ひねりで髪をかきあげます。 「もうティーンのストレスが限界なんだ。どこへ行こうとビリビリバリバリ、このままではいずれ魔力を解放してしまう」 「そしてトキちゃんに見つかって、厳罰処分ね。地底に封じられるんだっけ?」 「地底に何があるか知ってるか。精神とトキの部屋に入れられるんだ。そこでは時間がゆっくり流れ、いつでもカレーが煮えている」 「カ、カレー?」 「マグマより熱く、西日より黄色い……」  ぶるるっとした魔女は自分で自分を抱きしめました。 「来る日も来る日も寸胴の番をしながら、昨日より今日のカレーがおいしいワケと時の流れの大切さが身に染みるまで、今日もカレー明日もカレー、ホモには彼ー」  恨み節でリューを壁まで追い詰め、魔女はドンと手を付きました。 「ホモ野郎と手を切りたい」 「はあ」 「ここはひとつ、完全に女になってみるのはどうだろうと思うんだがどうだろう」 「そんなどうどう言われても」 「お前を見込んで頼むんだが」 「はあ」 「俺を女にしてくれ」 「…………」  真っ白にフリーズしたリューを、クドージンがのぞきこみます。 「脳が理解を拒否していますね」 「リュー、やらせろと言っている」 「将軍、文法上の受動能動がテレコです」 「そか。やらせてやる、だな」 「…………はぁ――――――?!!!」 冷酷王のスピーチ(5)  リュー渾身の「なんでやねん」が地下いっぱいにエコーしている頃。 「違う。これも違う。これもハズレ。これはカス」  ひとり書類仕事に追われているのは、ヨシザワス王です。  リューの魔法支援を失った王は、専制君主とは名ばかりの、無力な裸の王さまでした。  とは言えまだぎりパンいちの王さまなので、民衆の支持が頼りです。  パンいちで人気取りに走った王は、ハコモノ事業やバラまき還元でコビまくり、減税したり団体交渉権を認めたりと民意に答えまくっているうちに「アイツ言えば何でもやるぜ」とヤリ○ンのように言われ始め、ナメられた挙句に宮廷スタッフまでがストを決行してあらゆる実務がとどこおり、魔女狩り令でドールの回収を図ったものの、山のように上がってくる魔女密告のタレコミは自分でチェックするほかなく、「ひとりでできるもん」と意地になった王は、果ての見えないデスマーチを泣きながら片づけているのでした。  そこへ。 「ただいま~。あー疲れた」  外回りから帰ったヨーコリーナが、荷物をドサドサ積んでいます。 「おい、仕事はしてるんだろうな」 「ちゃんとやってるわよ~。ポルターガイストの噂が立ってるとこ行ってー、聞き込みしてー」 「その買い物の山は?」 「これは、行きたいお店が近かったからちょっと寄っただけ♪」  スト破りの見返りは給料倍額です。労組を裏切って出勤したヨーコリーナは、雇い主からせびった金で買い物し放題なのでした。 「うふ、スト大好き~」 「ギャラ分の働きはしろよ。人間ばなれしたあんたなら、3Pチームぐらいあっさり見つけられると思ったんだが」  あっさり見つけた隠れ家で任務を忘れて遊んでしまったことは、神とヨーコリーナだけの秘密です。 「貸し店舗のワイン倉にいたとこまではつかんだ~。今はもぬけのカラね」 「じゃ、そこからの足取りだな。―――たくペーパーワークくそたりー」  時系列もバラバラの目撃証言は、まずキーワードを相互参照抽出にする作業が地獄でした。 「ファイリングくらい手伝えよ」 「ごめんネイル始めちゃったー」  お抱え間者であるヨーコリーナは誇り高き現場主義。こまい書類仕事なんかしません。 「お茶だって入れないわよ。ちょっと、誰もいないの~」 「侍従組合もストに入った」 「いいかげん労組の要求飲めば? 事務スタッフだけでも戻ってきてもらってさ~」 「んーっん」  王はかたくなに1.5リットルのお茶をラッパ飲みしています。 「絶対服従の奴隷以外、使いたくない」 「じゃ何でストの権利とか与えちゃったのー」 「ノリだ」 「コビコビ政策で人気取りしなきゃもたないくらい、人心が離れてるんでしょー」 「うるさいな」 「何回暗殺されかけたのー」 「その数を把握してないお前が僕のお抱え間者だって事実に背筋がぞわっとするぐらい、何回もだよ」  ヨーコリーナはあさっての方へ微笑みます。 「てへぺろ、じゃねえ! っつ、いちいち突っ込むと体力が……」  王が目を細めると、感情自制の省エネモードです。  ヨーコリーナはつまらなそうにマニキュアをぷらぷらさせました。 「王さま人望なさすぎるんだもん。近衛も番兵もストに入っちゃって、もう間者のシフトだけじゃカバーできないの~」 「いっそスッキリしていいさ。低レベルの警護をウロウロさせてたって、暗殺者の接近を許すだけだ。セキュリティのことなら、超ウィザード級門番が門前で番張ってるってウワサ流しといた」 「何それ」 「意味不明すなわち脅威。近づこうって気にさせないのがミソだよ。手が足りないなら脳ミソ使え」 「結局人を信用できないんでしょ。カワイソウ~」 「信用できないんじゃない。しないの。人事がユルユルなせいで兵士の前歴チェックもままならず、テロリストにも潜入されほーだいなんだから」 「そーいうの全部くどりんがやってたのね。有能なんだ~」 「けっ。AI一台ありゃ済む話だ」 「普通にドール返してって言ってみたらー」 「言ったさ。木こり小屋に憲兵差し向けてやったさ」 「ボコボコにされたわね~。くどりんてば普通の戦闘能力も高いから」 「魔女め、そのあとドヤ顔で夢枕に立って、“所有権を主張する以上、自分のものの見分けはつくんだろうな”とか抜かしやがった。あの量産型フェイスが二つ並んだら、区別なんかつくかっての」 「区別できたら返してもらえるの~? じゃあえっと、温泉に沈めてみて機能停止した方がドール」 「壊してどうする」 「機械なんだから修理すりゃいいじゃんー」 「水没故障はユーザー責任で保証対象外なの。女神(メーカー)に莫大な修理費取られるの」 「ぶー。ならムリね。匂いまでおんなじだったしー」 「だった?」 「あー、あはは? そうだ一杯やろ~。もらったワインあるの」 「うるさい。てか職場に酒置くな」 「ねーまた飲み会しようよー。どうしてさいきん働いてばっかなの~」  お前が働かないからだよ! と突っ込んで体力を消耗しないよう、王が紙めくりの指サックに力を込めたとき。 「どなたか! お取次ぎ願いたい! どなたかー!」 「客だ。出ろ」 「受付嬢じゃないのよ~」  ぶーたれて出て行ったヨーコリーナは、満面の笑みで戻ってきました。 「何でか現金くれた~。こちら、謁見希望のサイヤ人さんです♪」 「衛兵にワイロ渡すしかないと思ってたら、王宮ってこんなあっさり入れるんだ……」  猿シッポの勝負服でキョロキョロしているのは、ナンバーワン聴罪僧のナイトです。 「何だお前。ひとりぼっちハロウィンか。殺すぞ」 「すすいません」  寝てない王のストレートな殺気に、ナイトはすちゃっと片膝を付きました。 「お初にお目にかかります。ヤガミ・ナイトと申します。魔女関連の目撃情報を多数ご報告した者ですが」 「お前か。おかげでペーパーワークが地獄だよ。殺すぞ」 「すいません……」 「いーじゃん。王さまのスットコ布告に反応してくれたことにまずありがとうは~」  お金をくれた人に優しくするのはヨーコリーナのモットーです。 「ワインどお~。今日は僧服じゃないんだ。それ普段着ー?」 「知り合いか?」 「教会の入り口で呼び込みやってた人ー」 「あっGカップの、いやゴホ、もちろん覚えてますよ」  めぐり合う運命にカンパイ☆と営業用に切り替えたナイトは、すぐさまお酌に回りました。 「イエァ、なみなみと~☆オーラッオーラッ」 「その献杯コールは聖ヨシザワス教会だな。僕のハコモノ事業でも連続黒字の優良施設じゃないか。あそこで働いてんだ。ご苦労~♪」  暴君と悪女とホストは、あっという間に意気投合するのでした。 「ちなみに僕が免罪符の売り上げナンバーワンです。お見知りおきを」 「見知りおいたおいた~。やっぱ宗教はもうかるなあ」 「上げました報告書はすべて信徒から得た情報です。何せナンバーワンですので、ソースが多いこと」 「ってナイトっち、告解内容を漏らしてんの。守秘義務どうしたー」 「んなものくそくらえでございます☆オーラッ」 「よし。引き立ててやるゆえ、近うよれー」 冷酷王のスピーチ(6) 「―――って、事務机に近うよったら書類の時系列ファイリング手伝わされるって何だよバイトかよ」  ナイトは指サックを道に叩きつけます。  しょっぱい謁見に失望し、王宮を後にしたナイトは、黒い表情で黒いノートを取り出すのでした。 「『てめー教会オーナーだろ。ボーナスよこせや。城くらいよこせや。何だあの事務スキル。ナントカ王ってカッコイイ風な異名つけたの誰だ。指サック王にしとけ』……っと痛え!」  歩きディスノートに夢中になっていたナイトがつまづいたのは、屋台のイーゼル看板でした。 「んだよ、カレー屋!」 「気を付けて。歩きディスノは危ないし、あなたダークサイドに引き寄せられてるわ」 「引き寄せられるなら君がいいなお嬢さん☆」  ナイトにとってすべての女性は明日のお客であり、初速ゼロから星を飛ばすのに1秒かかりません。 「エプロン似合うよ。お嫁さんにしたいタイプだね☆オーラッ」 「んーお申し出は嬉しいですけど、猿シッポってことは類人猿のかた?」 「こ、これは偽シッポだよ。見たまんまを信じちゃうなんてカワイイねオーラッ」 「神からすれば、出来事は見た目がすべてなのよ」  カレー屋のトキちゃんはそう言って、ナイトを上から下までながめました。 「あなたの見た目はちょっと心配ね。満月に理性がキレて巨大化しそう。おっすオラ大猿?」 「えっ、あっ、違いますオーラッ……」 「カレーいかが?」 「急だね……えっと同伴なら」 「ひとりメシできないタイプね。まあ座って」  かみ合わないまま、ナイトはベンチにおさまります。 「鎮静効果のスパイス多めにしておきますね」  アーユルヴェーダにもとづく薬効カレーをよそいながら、トキちゃんは思案顔であたりを見回すのでした。 「何だか時空の見透しが悪い……、魔法帯域を騒がす邪気のせいね。恋の予感に似てるけど、どこかで誰かの超ゲスい下ネタが進行してる感じ。心配だわ……」  その頃、恋かも知れないがっぷり四つの下ネタは、壁ドンから床ドンに進行していました。 「リュー、こっちを見ろ」 「嫌よ」  馬乗りに乗っかられたリューはぎゅっと目を閉じ、ブンブン首を振っています。 「王さまにやったみたいに暗示をかけるんでしょ。ハルにお城あげたときのアレでしょ」 「さすが同業者、メンタルが強いですね。魔法スレスレの精神力で支配をしりぞけている」 「クドージン! あんたがヤればいいじゃない、下僕でしょ! なに距離取ってんの!」  クドージンズは、見て見ぬフリの体育座りで待機しています。 「私は防御系が弱く、オンナ度を上げた将軍に接近されると気を失ってしまうのです」 「そういや魔女出現のときは森で昏倒してたっけ……ってのんきに回想してる場合じゃないの。そうだドールなら! メンタル関係ないって!」 「確かに汁出る仕様ですが……、万一、コトの最中に頭脳AIを乗っ取られた場合どうなるか」 「AI乗っ取り? そんなことが可能なの?」 「実は、ビリビリに乗じて何度か侵入を許しているのですよ。すぐ人間と同期して憑依をはじき出しましたが」 「その副産物として敵の情報が読み取れたのです。デンキウナギからの紆余曲折とか」 「ついでで瞬間充電されたし、よかったっちゃーよかったのですがね」  クドージンとクドージンは肩をすくめ、デュアルコアの頭脳を状況解析に集中させるのでした。 「  AIとのベッドシーン 人間クドージンは近づけず;」 「   同期ができないスキをついて=ホモ降臨;」       」 「    キレたティーンが魔力を解放// //正体即バレ(カレーの刑);」 「うーん、やはりこのルートはバッドエンドですね」 「リューさんこそ理想のお相手ですよ」 「  メンタル強靭にして フィジカルかっちかち;」 「   地球と同い年の魔女からすれば 食べごたえ満点なオス;」 「入力情報サイテーなんだけど」 「ねーそんなカタく考えないでさ、とりあえずやってみて、嫌だったらやめるってことで~♪」  アマネリアは仰向けにされたリューの頭の上でホバリングしています。 「何よ。あんたは特等席で見物?」 「へへ、ちょっとフィールドワーク♪今後の参考に」 「肉食女子の犬食いなんて参考にしちゃだめよ」 「アマネリアさんには、帯電レベルの判定のためにいていただいてます。どうです、さきほどからビリビリが止んでいませんか」 「ホントだ。くっ付かないね! ガチンコ☆骨の髄まで女体化大作戦、有効みたい!」 「よし。観念してもらうぞ」 「ひ…………!」  髪をつかまれたリューが恐怖に目を見開き、アマネリアはメモ片手に身を乗り出しました。 冷酷王のスピーチ(7)  その頃、森のきこり小屋では。 「心配で付いてってやるなんてアイツもお人よし、いやエルフよしだなあ」  何も知らないサミーは、倒壊したきこり小屋を飛び回りながら、魔女たちに叩きつける賠償額の見積りを作っていました。 「こっぱみじんにしてくれたもんだぜ。思い切って新築だな。ここが柱で……ここに猫ドアつけてやろっか、船長」 「ニャア」  猫の大フック船長は、そっぽを向いて顔を洗っています。 「何だよ、気乗り薄だな」 「新築ってどうするニャ」 「クドージンたちにやらせりゃいい。AIにログハウスソフト入れりゃ楽勝だろ」 「そういう意味じゃニャいニャ。またきこり小屋を建てるニャか? 人間サイズで?」 「おっさんエルフにゃ必要ねえってか」  サミーはちっちゃいローキックでがれきを蹴りつけます。 「このまま更地にしといたら誰かが入植しちまうだろ。このあたりは手ごわい森で、俺が手塩にかけてここまでにしたんだ。誰にも渡すもんか」 「こんニャいわく付きの土地を欲しがる奴ニャんていねえニャ……悪魔は降臨するし、おっさんはエルフ化するし」 「猫はしゃべるしな」  嫌味を言われても、船長は顔を洗う手を止めません。 「ひと雨来るニャ……ニャわわ、わー!」  言ってる間にどばっと降り出したゲリラ豪雨は雷を伴い、いきなりピシャーッと光って落ちました。 「落ちた! 裏庭か!」  びしょびしょの二人が裏へ回ると一本の木が黒焦げになっており、土盛りがモコモコ動いて……。 「な、手が……?」 「ぬぬ、ぬぐお―――!」  泥まみれの手をジャキーンと伸ばし、土くれを吹っ飛ばしながら身を起こしたのは、額を割られた惨殺死体でした。 「出た、ゾンビニャー!」 「いわく付き決定かよ、くそー!」 「違うニャ。あれっていつだかの等身大人形じゃニャいか?」 「ああ、クドージン・ドールのぶっ壊れた初号機……邪魔で埋めといたやつ」 「のぐあ――、ワシの子猫ちゃんがあ―――、男を連れ込んで――、あうあう」  カチ割れた頭の傷をかきむしりつつ、泣いているのはもちろんベンテーン卿。  肉食ラブシーンのショックから地中へ放電、熱い涙の上昇気流で雲に乗り、森へと戻ってきたところです。 「ちゅーても逃げ隠れとちゃうで。ゴチャゴチャした都に比べて生体電気の少ない森の方が、ターゲットを狙って落雷を当てやすいねん。ワシってばどんどんレベルアップしとる。苦しい恋は人を成長さすってホンマやなあ、ぐすん」 「た、立って歩き出した……」 「サミー長老、調べてきてニャ」 「猫の得意分野だろ、オカルトなんだから」 「恐怖のおっさんエルフに言われたくニャいニャ」  おっさんと猫の腰が引けているあいだに操縦感覚をつかんだベンテーン卿は、ヨレヨレときこり小屋に向かいます。  がれきをかき分け、サミーのツールボックスからひっぱり出したのは、使い残しの絶縁テープです。 「うっふっふ。これでどこへも放電せえへんで。ほぼほぼ人間や」  長いこと土に埋まっていたドールは、あちこち部品も取れかけていますが、レベルアップした卿はそんなこと気にしません。 「この初期型ドールは低スペック、ただのおしゃべり人形や。ゆえに同期されることはない。ワ、ワシ天才……今度こそ、完全復活や―――!」  バリバリどかーん!  もういっちょ雷が落ちまして。  人々は手近な店で雨宿りしていました。 「ホントだって。赤毛ピアスのおネエが、墓地の階段に吸い込まれて見えなくなったの」 「すげーな。消えるおネエか」  ヒマつぶしならどこかの花子さん的怪談にまさるものはなく、最新の都市伝説に花が咲きます。 「じゃあこれ知ってるか? 陰気な夜に資源ゴミを出す地味な男がいて……」 「しばらくすると向こうから同じ男がやってくるんだろ?」 「ドッペルゲンガー・ジミーズだ」  山のようなガラス片をゴミステーションに出して帰るジミーズ、彼らの行く手には薄着の女の子が待っていて、その三白眼をまともに見た者は呪われるとか呪われないとか、ぐるぐる回るロータリーに迷い込むとか、事実に即しているだけにこれというオチがありません。そこへ。 「その話、詳しく聞かせてもらおうか」  戸口を背に、身なりのいい男が立っています。外は驟雨。 「ここらでは異端が珍しくないようだ。ああいうふざけた布告が通用する土地柄だけのことはある」 「あの布告は、あっしらにも意味不明なんですがね」 「で、あんた誰」  瞬間、男の顔が逆光になり。 「私は、バチカンの異端審問官だ」  バリバリどかーん! 冷酷王のスピーチ(8)  バリバリにぎやかな雷雨をよそに。  地下のカタコンベでは、息詰まる攻防が続いていました。 「…………わあ、すごいアングル……ってあんな所から? やだ女の子がそんな……」  前のめりの実況はアマネリアです。リューはやけくそで叫びました。 「も―――っ! 分かったわ! こうなりゃ覚悟を決めるわよ!」  がっちりと金縛りされたリューは、首だけで必死に訴えます。 「その代わり、主導権はこっちにもらうわよ。あんたみたいなビッチ系、本来タイプじゃないんだから!」 「…………」 「リューさんひどい、魔女ちゃん傷ついたよ!」 「違うから!」  魔女は無言で考えているらしく拘束が緩み、リューはほっと息をつきました。 「私だってけっこう繊細なの。気分が乗らなきゃ役に立つもんも立たないって言ってんのよ。元オトコなら分かるでしょ」 「ふもがが」  口でシャツを引き裂いていた魔女は、布を吐き出して言い直します。 「……いいだろう」 「ったく。それっ」  くるんと転がると攻守交代、リューは両手をついて魔女を見下ろしました。 「人のシャツビリビリにしてくれちゃって……ビッチって言うよりビーストね。手なづけさせてもらうわよ野獣ちゃん」 「ふは、ここからは言葉攻めか~♪」 「外野うるさい、クドージン!」 「お任せを」 「やん、これからいいとこなの~」  アマネリアはヒラヒラ飛んで捕まりません。  クドージンはDIY用品を漁り、塩ビパイプをきゅわきゅわこすって近づけると、静電気でエルフが一匹捕れました。 「ではごゆっくり」 「いや待て……」 「今さら怖気づいても遅いわよ」 「うぐ……!」  最後にジタバタッとした魔女の口は、今度こそすっかりふさがれちゃったのでした。 「ぞぞ、ぞくぞくっ」  女神パトラは急な悪寒に身をすくめました。  マッパに傘さした下駄ばきで、慌てて脱衣所に駆け込みます。 「ひー、ゲリラ豪雨は露天風呂の敵ネ。さむー」  ふたたび、雨宿りの座談会。  雷を背負った登場に圧倒された人々は、新来の男に次々と持ちネタを披露していました。 「―――ふむ。金の斧と銀の斧、他には?」 「えーと、さっきゾンビが表を走って行きやしたけど」 「絶縁テープぐるぐる巻きで、すごい関西弁の」 「でも関西遊園地のイベントキャストかもしれねえです」 「それはこちらで判断する」  審問官は虫ケラを扱う目つきで調書を作っています。 「あのう……、異端審問ってことは、あっしら罰せられるんで?」 「心配するな。証人は罪に問われない」  まさに魔女裁判、誰かをチクれば自分は助かるのです。 「では僕も証言します」  そう言って進み出たのはナイトでした。  審問官の目が光ります。 「何と、お前シッポがあるな。異端の魔物め、自首して出たか」 「ち、違います。猿シッポがイケてると思っててごめんなさい……」  トキちゃんの優しさカレーで心を入れ替えていたナイトは、とても素直に衣装からシッポを引きちぎるのでした。 「僕が証言したいのはヨシザワス王の悪行です。あんな腐れ外道はありません」 「そうかなあ、いい王さまだと思うぜ」 「すっかり人間的になったよなあ」 「それは以前の暴君ぶりが常軌を逸していたせいですよ。子猫を愛でればいい人に見えるヤンキーマジックです。本質は相変わらずどエスなんだ。あの猫かぶりウ○コ野郎が」  ナイトは素直になりすぎて、書いて発散していた罵詈雑言が素直に口から出てしまうのでした。 「減税したりバラマキしたり、人気取りの財源はどこから出てたと思います。さっきチラ見た会計書類によれば、なんと免罪符の売り上げですよ。僕らがどんなに稼いでも9:1で王宮に入ってる。搾取ですよ。お城ひとつくれないし、あんなブラック教会辞めてやる。あと、免罪符売るのもバチカン的には違反ですよね。ついでに報告します」 「ついでかよ」 「分かりやすく腹いせで密告してんなあ」 「待て。王宮で帳簿を見て回ったというのか? 平民のお前が?」 「はい。衛兵もスト中らしくて、城門からノーチェックで入れましたよ」 「超ウィザード級門番は?」 「酔っ払いの受付嬢しかいませんでしたけど」 「それはいいことを聞いた」  正義の異端審問官は、悪い顔でニヤリと笑うのでした。 冷酷王のスピーチ(9) 「ふうっ……」  ひと仕事終えたリューは、どかりと座って息を整えました。  魔女はぐちゃぐちゃのまま横たわっています。 「…………ハアッ、ハアッ、ハッ……………………」 「ふふ、美味しくいただいたわ……」 「…………ハア、ハア、くそ……」 「えーでも、まだちゅーしかしてないよ?」  アマネリアは不満げです。  クドージンズはハッとして顔を見合わせました。 「まさかリューさんは、将軍から直接魔力を」 「そうよ。たっぷりいただいたわ。これで私の魔力は暫定で世界最強よ」  世界最強のキス魔は、悪魔の魔力の源泉に直接舌を突っ込んだのでした。 「口へのキスは別料金とか言っとくべきでしたね」 「くそ……腰が抜けた……」 「すごいわ。もうMPがパンパンよ」  リューは破れたシャツをもどかしげに脱ぎ捨てます。 「魔導法則がバグってる今、まともに魔法を使えるのは研究熱心な私だけだったわ。魔導師ギルドに目をつけられると厄介だから、見世物ていどの魔法しか使わずにいたけど……これだけのチャージがあれば……」 「何だ。世界征服でもするつもりか」 「そうさせてもらおうかしら」  リューはぐっと拳を握り、○ィズニーアニメのように解き放ちました。 「れりごー!」  ありのままの魔法が炸裂します。  カタコンベに山と積まれた人骨がざばーんと崩れ、なだれを打ってまとまると、リボン状に渦を巻き、リューが右へ左へポーズを決めるたび、花弁状の結晶模様が広がっていきました。 「きれーい! 人骨だけど」 「フン。まだまだ見世物レベルだな」 「言ったわね。これでどう。りかしつ~~!」  リューがぐぬぬぬ……と空気をつかみ上げるのに合わせ、骨格標本が足から順に何十体も組み上がります。 「からの、ほけんしつ!」  ふぬっとボディビルポーズになると骨格たちにブチブチと筋肉が育ち、腱も筋も丸出しの彼らは、決して保健室の経穴筋肉模型のようではなく、それぞれ顔立ちの違う個々人なのが分かってきました。 「おい、やりすぎだぞ」 「そうですリューさん、これではほとんど……」 「ええ。禁じられた屍術、背徳のネクロマンシーよ」  少しも怖くないわの顔でキメるリューに、男たちは縮み上がりました。 「し、死者をよみがえらせるということは、過去から未来へという時間の大原則をくつがえすことですよ。つまりトキ神の領域ですよ。つまり……」 「すごく怒られるぞ」  魔女は一点を見つめており、すでにカレーなる記憶にさいなまれています。 「毎日まいにちカレーだぞ。朝でもカレー夜でもカレー、インド人だってたまにパスタとか食うぞ。ああ匂いまでよみがえってきた。炒めたスパイスの、埃っぽくてウザくて夏のキャンプ場みたいな」 「やだ、そんな匂う?」  とっくに来ていたトキちゃんは、ゾンビの人垣の向こうで三角巾をぱたぱたさせるのでした。  その頃。 「ああ、カレーっス……」  王宮広場で、ハルは鼻をひくつかせました。  看板はたたまれてガスの火も落ちており、屋台の店主はちょっと席をはずしているようです。 「ハル君や、大事な用を済ましてからじゃ」 「はいっス。帰りにぜったい食うっスよ~」  衛兵も侍従もいない王宮はガランとしており、ハルと老人と貴族連合は誰にも会わずに玉座の間へと通りました。 「バチカンから聞いたとおりのノーチェックぶり。ここまで手薄だったとは……」 「とっとと乗り込んでいればよかったですね」 「ともあれ、さっそく声明を」 「ここはひとつ、ハル君にお願いしようかのう?」  老人の提案に貴族連合も同意し、ハルはオホンと咳払いしました。 「どもっス! 貴族連合よりヨシザワス王に、楽しい革命のお知らせっスー!」 「何ー、だれー」  のろのろと出てきたのはヨーコリーナです。 「う、酒くさ。飲んでるっスねー」 「悪いー? 昼間だけど職場だけど何か?」 「ヨーコリーナちゃん、王さまはどこかいのう」 「私が手酌でやり始めたら諦めて自分で調査行ったー。大勢でどうしたの? かくめいって何?」 「天命を失った為政者を廃して権力体制を革(あらた)める、抜本的な社会変革っス」 「語義はいいわよ。王さまと誰をすげ替えるって?」 「うふふ、わしじゃー」 「おじいちゃん?」  王座が危機に瀕しているとも知らず、ヨシザワス王はのどかな自然の中にいました。 「こんにちは。女神さま~」  泉に向かって呼ばわると、雨上がりの露天風呂はしっとりとした風情です。 「ヨシザワスですー。ちょっとお訊ねしたいことがありましてー。調査の結果、魔女どもは引っ越しのたびに隠れ家新設のDIY資材が必要になるはずなんですよねー。でも王都内の量販店にはそれらしい販売履歴がなくて、工房パトラならと思って伺ったんですがー。うちの間者がいよいよ当てにならなくて、こうして自分で来たんですけど、ひとりでしゃべってたらどんどん悲しくなってきたんで、早く出てきていただけますかー」  説明ゼリフの甲斐もなく、応答はありません。 「出て来ないと温泉埋め立ててラブホ街にしますよー」 「がぼぼ」  お湯の中から現れた女神は、濡れ髪をぶるんと振りました。 「ふん……素直に帰るタマじゃなかったネ」 「僕、居留守使われるようなことしましたっけ」  女神はプンと横を向きます。 「例の布告のおかげで大迷惑ヨ」 「あれは、世界に魔法と秩序を取り戻す大計画なんですけど……。神の御前に本物の悪魔を突き出して、あらゆる善悪をもとのスペックに振り直す」 「一応目的があったネ。てっきりお前の好きな嫌がらせとばかり思てたヨ」 「ま、動機は嫌がらせです♪」 「そーかネ」 「動機が純粋だからトキちゃんも無下にはできなくて、魔女狩りが結果を出すまで待っててくれてるんですよー」 「待つって何をネ」 「僕の処刑です」 「お前、許してもらったんじゃなかったカ」 「だったんですけどよく考えると、あのくりくり坊主の理屈のせいで、僕が悪魔として自ら魔導バグを直さなきゃ反省したことにならないんですよね。いつまでたっても宿題やらないなら神への反逆とみなしてやっぱり地球の肥料にするわよ♪なんて言われちゃ、本物の悪魔を捕まえて突き出すしかないですよ」 「つまり、このアホの子が宿題終えるか身の証を立てるかするまで、トキちゃんずっとあそこでカレー屋やってるネ……」  女神はアタタと頭を抱えました。 「超ウィザード級神さまが王宮前で目を光らせてくれるのはセキュリティ的に大助かりだったんですけど、いけなかったですか?」 「こちとらずっぽし監視対象ネ」  自己解釈のファンタジーでテキトーに存在している女神パトラにとって、すべてをありがちパワーで民話の枠に押し込みかねないトキちゃんの重圧は、耐え難いストレスなのでした。 「配達であのへん行くたびおシッコちびりそうなるヨ。どーしてくれる」 「そりゃすいません。女神がちびったら世界観だいなしですよね」 「温泉開発したりDIYの小売りやったり、キャラの幅広げてるおかげで何とか存在保ってるヨ。金の斧・銀の斧路線一本だったら、今頃どんな夢オチにされてたカ」 「おとぎのキャラも大変だなあ。じゃなくて、そのDIYのことですよ。聞きたいのは」 「確かにウチで販売したヨ。ありがたい大量受注だった」 「配達はどこへ? 最新の住所が分かれば……」 「大量つったろ。運べなくて業者たのんだネ。“ドナドナ荷馬車の宅急便”」 「伝票とかありますか?」 「デスノート見れば分かるガ」 「…………キ、キャラの幅で死神もやってるんですか?」 「違うネ。DIY用品の販売控え。DIY Supplies Sold Note、略してディスノートヨ」 「紛らわしいなあ」  紛らわしいノートがどうなったかと言うと、髪を濡らすのを嫌ったナイトが、雨除けに使っていました。びしょびしょになってポイされ、水路を流れ、商売に出ていた大フック船長の平底船に引っ掛かります。 「おや、商人にとって帳簿は命の次に大切ニャ。あとで届けてあげるニャ~」  工房パトラのロゴがおされた黒いノート。  最新のページに記された配達先は「王都 旧市街 納骨堂通り ゴミステーション下ル」です。  下ルっていうか文字通り垂直地下に降りたカタコンベに、今、カレーの神さまトキちゃんが加わろうとしていました。 「…………お久しぶりね。皆さん」 「かみ「神さま、よよようこそ」そ」  震えとユニゾンからエコーがハンパないクドージンズが出迎えます。 「さ「さすが、神さま除けの視覚トラップが消滅した途端に降臨されましたね」ね」 「えっ、視覚トラップって神さま除けだったの?」  アマネリアはれりごー人骨に覆われたレンガ壁を飛び回りました。 「そっか、人骨が錯視模様を隠しちゃったんだね。あんなんでちゃんと効いてたんだ~」 「結界ってそういうものよ。分厚い防御をはりめぐらすより、ルート偽装でスルーしていただいた方が効率がいいの。特にこういうピュアでプリミティブな神さまは、お札ひとつにだまされてぽや~んと通り過ぎてくださるのよ。相変わらずタイプだわ……」 「魔法帯域のバランスに妙なダークサイド偏向があって、ずっと発信源を探してたの。あなたたちだったのね」  トキちゃんはおごそかに近づこうとしますが、棒立ちゾンビが邪魔をします。 「ん、ちょっと。誰がこんな、宇宙の大原則に背くようなことをしたんですか?」 「はいはい、私よ♪」 「もー。死者をよみがえらせたいなら地道にドラゴンボール集めてくださいね」 「ごめんなさい♪」 「リューさん、声がはずんでる~」 「お前……、この場を逃れるためだけに魔法を使い、神を召喚したというのか」  声だけドスを効かせた魔女は、クドージンズの後ろで縮こまっています。 「悪い? ガツガツしたティーンに身も心も蹂躙されるなんてゴメンなの。さあトキちゃん、重罪人の私をどこへでも連れてって♪」  リューはゾンビどもをしっしと端に寄せ、トキちゃんの肩を抱きました。 「ゆっくり流れる時間の中でじっくりたっぷり反省させて。あと私、カレーは好きよ」 「リューさんずるーい。タイプの女子と何万年も一緒にいられるって、ほぼ天国じゃん~」 「……多分、そうはいかないでしょう」 「何よクドージン。水差さないでくれる」  クドージンがヒソヒソと耳打ちすると、魔女とエルフがくっくと笑います。 「リューさんは本当に善良ね。こんなにすぐさま反省できる人に、お仕置きの必要なんてないわ」  トキちゃんはそう言ってリューの手をポンポンし、優しく肩からはずすのでした。 「フラれたな。くく」 「メリットを期待してかかると裏切られる。ピュアでプリミティブな民話の基本です」 「そんな……トキちゃん、私ってばすっかり不心得者になったのよ。こんなことだってしちゃうのよ」  えいっと指さすと、アマネリアが巨大化します。 「わ! 人間サイズだ、嬉しいリューさんありがと~!」 「えっ!」 「あっ!」  遅れて声を上げたのはリューも含めた男たちです。 「エ、エルフって、あれ全部が眼だったのね。眼鏡っ子じゃなくて」 「はっきり言って……」 「怖い……」  サイズ感だけ拡大されたエルフは、グレーの宇宙人みたいな複眼にひょろ長い四肢のバランスもおかしく、まんま人外の異形なのでした。 「これと等身大で付き合えてたってのは相当だな……」 「サミーさんてすごい人だったんですね……」 「何何? 私ヘンなの?」 「愛されてるって話よ」  アマネリアはきょとんとしたまま、ポムッと元に戻ります。 「やん、もう終わり~?」 「リューさんの魔法チャージが尽きたのよ」  目に見えることなら、トキちゃんはすべてお見通しでした。 「どこかの悪い魔法溜まりからMPを盗んできたんでしょうけど、エルフを人間に位相転換させることもできないなんて、かつて悪魔がたくらんだ世界征服の大野望に比べたら月とすっぽんぽん、大陸間弾道弾とちびっこエンピツぐらいのもの。お仕置きするまでもないのよ」 「エンピツ……」  けちょんけちょんのリューは、悔しげに魔女っ娘をにらみました。 「負けたわ。今回ばかりはね」 「当然だろう」 「言っとくけど私、そこそこロケット砲ぐらいあるから」 「知るか」 冷酷王のスピーチ(10) 「女神さまー、本当にこのへんですか?」 「込み入った住所じゃなかったはずヨ」  デスノートは見つかりませんでしたが、ヨシザワス王は記憶をたどればイケそうと言う女神の案内で、旧市街までやってきていました。 「もう王宮広場が近いですよ。おシッコちびらないでくださいね」 「広域レベルはいま急速に減圧してるヨ。神さまフィールドの重心が移ったようネ」 「というと?」 「どっかで誰かが集中的に怒られてるネ。ザマミロー」 「リューさんはこれでいいとして……、そこのあなた?」 「はい……っ」  女神も恐れる圧力に、魔女は直立不動で固まります。 「フリルエプロンてことは、メイドさん?」 「う、はいっ」 「魔法帯域を騒がせてたのはあなたでしょう。ポルターガイスト起こしまくってた子ね?」 「はい……」 「そりゃ不安定にもなるわよ。こんなシュラバ経験してたら」  トキちゃんは男たちを見回し、いっぽん指を振り立てました。 「リューさんはおネエだしクドージンさんは悪魔召喚の前科者、お人形に至ってはラブドールじゃないの。恋に恋するお年ごろなのか知らないけど、手あたり次第に漁ったって、ステキな彼氏は作れないわよ」 「色々訂正したいけど、ここは一旦こらえるわ……」 「あら?」  お説教ポーズで立ち止まり、神さまのクローズアップが迫ります。 「あなたって雰囲気誰かに似てるわね。誰だっけ」 「ひい、アタシオンナノコ、アタシオンナノコ…………」  魔女は魔女なりの南無阿弥陀仏を唱えるのでした。 「うーん、昔、とても長い時間を一緒に過ごしたような」 「アタシ……オンナノコ……だめだ、バレる…………」  悪魔ピーンチの危機レベルは最大、アラート待機からスクランブルしたクドージンズは、リューをどすんと突き飛ばしました。 「な、何すんのよ」 「やかましー、お前なんぞにメイドちゃんは渡さん」 「ばかやろー、彼女は俺のもんだ」  棒読みのクドージンズはもみ合いながらリューを引っぱり回し、どうやらケンカを演出しているようです。 「やめなさい、いい大人が裸エプロンの子を取り合うなんて」  トキちゃんが制しますが、魔女っ娘の肩はしっかり抱いたままです。この程度の陽動で気をそらされる神さまではないのでした。 「ちゃーっそおラア」 「んだウラー」  チンピラ音を上げながら、男たちはひそひそ密談です。 「ピンチなのは分かったけど、あんたたち棒読みが過ぎるわよ。神さまナメんなって」 「何もかもバレたらあなたのせいですよ。リューさん」 「粋がって神さまを召喚したのは悪かったわよ」 「責任を感じるなら助けてください。うまいこと言って魔女っ娘の正体をごまかしてください」 「神も善良認定したリューさんの言葉ならあるいは」 「悪魔の身元保証人になれっての? 嫌よ」 「こうなったら」  破れかぶれのクドージンズは、両側からリューの腕に組み付きます。 「な、何する気」 「自爆モードを起動。カウントダウンスタート」ト」  ぴこーんとコマンドが受理され、クドージン・ドールが自爆モードに入りました。  ドールの目は赤く点滅し、アイコンタクトでコマンドを送るクドージンの目にも同じ光が反射しています。 「どど、どっちが爆発するの」 「爆発すれば分かりますよ」よ」 「それが人に助けを求める態度?」 「ケンカしないで~」 「逃げなさいアマネリア」 「いえ我々がカタコンベを出ますから」ら」  リューの腕を固めたクドージンズは、そのまま「表でろやー」と移動にかかります。 「もー、気が済むまでやってなさいね」 「トキちゃん、私殺されそうなんだけど」 「殺すとか言い始めたわ。あなたよっぽど魔性なのねえ」 「ちょっと無視なの?」 「青少年の更生が優先よ」  トキちゃんは宙を見つめてよしっとうなずきました。 「全寮制の女子修道院があったわ。しばらくそこにいなさいね。心配しなくて大丈夫よ。給食の卸し先だから、ちょくちょく顔だしてあげられる」 「給食ってまさか……」 「ん、カレーよ?」  心身に調和と免疫をもたらすと評判のアーユルヴェーダ給食は、もちろん三食すべてカレー色でした。 「結局カレー地獄…………」  めくるめく黄色い未来に、ティーン魔女は呆然と立ち尽くします。 「おいたわしい、将軍」 「力及びませず」  しょんぼり戻ってきた下僕たちをねぎらうように、魔女は両手を広げました。  クドージンズの目をそれぞれ覆うと、ぴこーんと同期が途切れ、自爆モードの赤ランプが消えています。 「ああ、アイコンタクトを遮ればよかったのね」 「無駄に命を吹っ飛ばすこともなかろう……」  心はすでに夏のキャンプ場に飛んでいるティーン魔女は目をしぱしぱさせ、涙がころんと落ちました。 「魔女ちゃん、泣かないで~」 「スパイスが目に来ただけだ……」 「強がっちゃって…………たく、そういうの弱いんだってば」  リューは赤毛をガリガリかくと、ひとつ大きく深呼吸しました。 「トキちゃん実はね、実を言うとその子は、えーと妹なのよ」 「おや。ベタな泣き落としが一番効いたとは」 「うるさいわよ。えーイモートイモート」  善良なリューは善良なラインを探り探り、アドリブをひねり出すのでした。 「妹って、リューさんの妹さん?」 「私の妹ならもっとまともな服着せるわ」 「じゃあ誰の?」 「ん、よ、ヨシザワス王よ」 「王さまにはあんまり……、いや似てるわね」  魔女はとっさに細目を作っています。  じゃなくて、後頭部にとりついたエルフが両こめかみを死ぬほど引っ張っているのでした。 「グッジョブよアマネリア……えーとそういうわけで、トキちゃんの注意を惹くほど魔法帯域を騒がせたのも当然なの。何たって悪魔の妹だもの」 「そうだったの」 「で「ですが神さま、彼女は兄と違って善良です」です」  クドージンズもユニゾンで乗っかります。 「地球に優しいオンナノコです世界征服なんてやりませんちょっぴり静電気体質なのが玉にキズ」 「そんなぎゅう詰めにしゃべらなくても分かるわよ。ほら怖がらないで」  色々納得したトキちゃんは自分のエプロンをはずし、裸エプロンの後ろ側を覆ってやりました。 「ハイ、前後エプロン。ケンカしたのか知らないけど、あんな意地悪な布告を出すなんてひどいお兄ちゃんね」 「しかも魔女狩りの果てにコイツが真の悪魔ですとか言って、責任を全部なすりつける魂胆よ」 「それで善良なリューさんがかくまってあげてるのね。ステキな騎士道精神だわ」 「そうなのよ。騎士道なのよ」  ただれた3Pトライアングルは騎士道精神の誤作動だったと常識的に結論づけ、トキちゃんはウーンと首をひねりました。 「だとすると、ちょっと計算が合わないわねえ」 「計算?」 「私が感じた下ネタは、もっと病み腐れて生死を一回超越したような妄執のカタマリって感じなの……。皆さん、心当たりない?」 「えーあるような、ないような」 「ありまくるような」 「どうですか? アマネリアさん」 「わ、私?」  アマネリアの静電気計に反応がないので、トキちゃんへの説明はむずかしそうです。 「それより私、こんがらがってきちゃった。魔女ちゃんがリューさんを誘惑してリューさんはトキちゃんを召喚して、トキちゃんが気になる下ネタは3バカ騎士道が妹属性?」  飛び回るアマネリアはきりもみ旋回をはじめます。 「落ち着いて。みんなで何か食べましょう。カレーでいいかしら」 「ひっ」 「そうそう、あなたお名前は?」 「う」  一同はとっさに頭が回らず、ひとり冷静なAIが最適解をはじき出しました。 「―――ヨシ子さんです」  今度こそキレそうな魔女が必死で「アタシオンナノコ・名前はヨシ子」を唱えている頃。  病み腐れた恋するゾンビは、全力疾走がたたって関節が取れかけていました。 「くっそーこのドール、充実しとるのは腰まわりの駆動系だけや。さすが汁出る仕様」  あぶなっかしい足取りは、直進したい気持ちに反してカクカクするばかりです。そこへ。 「お前ちょっと待つネ」  声をかけたのは、自社製品へのクレームを聞きつけた女神パトラです。 「そんな使用環境なら不具合も当然ヨ。ちょっと型番見せるネ」 「女神さま、サポート業務は後にしてもらえませんか。僕は急ぎの用で……」 「そ、その声は……」  壊れかけのベンテーン卿はグラスアイをぐりぐりさせ、ヨシザワス王の姿をとらえました。 「おおー! 陛下―――!」 「ゾンビに知り合いなんていないけど」 「ドールは死体違うヨ。無機物ネ」 「じゃ、ドールに憑りついて動かしてる何か霊的なもの……ってそんな知り合いもいませんよ」 「陛下~、相変わらずつれない人や~!」 「何だっていいガ。ちょっと点検させてもらうヨ」  はらりとスリットをめくった女神の太ももには、工具がびっしり並んでいます。 「スティルポージング用のヤワいジョイントで無茶な走行は困るネ。これギヤが完全にいかれとるヨ」 「はう、ソコソコ。足がもつれて参っとったんや~」 「ちょっと、こんなとこで股関節はずすのとかやめなさい」 「るさいネ、オマエ何さまカ」 「王さまですよ。王都の風紀は僕が守る!」  往来でのラブドール遊びを禁止する条例が口頭で即時施行されたので、パトラはしぶしぶ自分のホームである水辺へとゾンビを導きました。  運河沿いなら、使っていない小舟に隠れて破廉恥行為がし放題です。 「んー四肢関節は総とっかえ必要ネ。バランスジャイロと空圧ふくらはぎの豪華関節つけるカ」 「あんまり高機能やのうてええねん。普通に走れてちょっとしたピストン運動に耐えられるもんであれば」 「だったらすぐできるネ。なじみのジャンク屋で部品調達してくるヨ」 「ちょっと女神さま。僕の用事はー?」  ぶうぶう言いながら女神の後をついていくと、なじみのジャンク屋とは平底船の大フック船長で、住所が書かれたディスノートをすぐに渡してくれました。 「ちょうど届けに行こうと思ってたニャ。ニャイスタイミング」  ニャーン♪とアイテムゲット音が鳴ります。 「ヨシザワス王は魔女の現住所を手に入れた♪やっぱ僕ってツイてるなあ。王者の素質ですよね」 「普通に民話の基本ヨ。さっきみたいな変則ルールの人に親切にしとくと後の伏線になる、ありがちなパターンネ」  さすがトキちゃんの支配地域、ありがちパワーはハンパないのでした。 「ニャアニャア、変則と言や女神さま。さっき雷で面白いことが」 「よもやま話サービスいらないネ。早くお勘定」 「あいよ。毎度ニャー」  部品をどっさり仕入れて戻った魔女は、小舟の陰でふたたび卿の傍らに膝まづき、携帯用グラインダーを取り出します。 「ついでに錆落とししとくネ。顔の損傷はパテで再建するヨ。希望のフェイスあるカ?」 「愛しい姫を迎えに行くとこやねん。オットコ前にしてんかー」 「任せるネ。もちろんお代は結構ヨ。親切だからー」  伏線の亡者と化した女神が親切オーバーホールを始めそうなので、王はひとりで目的地へ向かうことにしました。  運河沿いに旧市街を戻ると、納骨堂通りから道いっぽんで王宮広場がすぐそこです。 「何だよ、さっきいたあたりじゃん。道草食ってなかったらまっすぐたどり着いてたな」  ツイてると思ったらただの無駄足を食っていたあいだに何があったかというと、ハルたち貴族連合がすっかり準備を整え、新政権の樹立を宣言しようとしていました。 (第11話へつづく!)