これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」 http://k96.jp/ (サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ) 歩く猫のブログ http://betuneko.blog.shinobi.jp/Entry/134/ でもご覧いただけます。 おとなむけ。おこさまは よまないでくださいね。 全20話。このファイルは1~10話まで。2012/12/08更新。 男同士なジョークが多め。ひたすら「ふへへ」と笑うのが目的です。 極楽座の怪人(1) うみやま県おんせん村 民宿「やすらぎ」 私書箱1番 松平弁天さま  Dearほもイエー。元気で旅しとるカ? 大好評のHNG(半脱ぎ)48から新シリーズ「関節可動・ネコネコ」の受注開始をお知らせするネ。  ボールジョイント採用でさらに自由なポージングが可能となった新仕様は、交換用ヘッドもバリエーション豊か。「おねだり」「ふくれっ面」「照れ」の他に、今回だけのプレミアフェイス「苦悶」か「号泣」をお選びいただけるヨ。このチャンス逃すでないネ!  ところで最近のお江戸はすっかり文明開化ヨ。異人てだけで斬りかかられることはなくなたガ、代わりにポリスがうざいネ。なんとびっくりニュース、その中のひとりが、お探しのあの三白眼侍だったヨ。  名前は樋口桔梗介、公安とかっていばっているガ、情報筋によるとありゃー部下の工藤に頼りきり、工藤がいなけりゃ服も着れないネ。まだ洋装に慣れなくて、工藤にネクタイ結ばせてるらしいワ(びりびり)  情報筋によると工藤は拷問班長で緊縛担当(びりびり)  自宅ではおもに手首をネクタイ拘束(びりびりーー!) 「ふう」  手紙を引き裂いたのは工藤です。 「まったく。間に合ってよかった」  工藤は宿屋の主人に礼金をはずみ、ボックスをこじ開けた伝書鳩ロボを証拠品袋におさめると、公安の検印状でべたりと封をしました。 「こんな手紙が豊茂家(ほもいえ)の手に渡っていたら、自宅までバレるところでした。この情報筋というのは完全に吉澤さまですね。若、いえ課長」  今や新政府の公安課長である桔梗介は、帳場の火鉢から火種をもらい、ゆっくりと煙草をふかしました。 「工藤」 「は」 「破ってしまっていいのか。政府職員への襲撃をそそのかす文書だ。そいつがあればクレオを引っ張れる」  工藤はまだ紙を小さくちぎっています。 「一存で廃棄しております。実は便箋の裏面に、問題ある図像が記載されておりまして」  裏返すと、切れ端にはいたれりつくせりのクレオによるサンプルイラストがびっしりと描かれています。 「公安である我々には、悪書製造でクレオさんを告発する義務が生じてしまいますので」 「構わんだろう。うんと罪状つけてやれ」 「ですが、図像のモデルがすべて若、いえ課長で」 「……」 「とても似ています」  工藤が切れ端をつぎ合わせると、モデルをよく見て磨きのかかった激似イラストはどれも洋装・半脱ぎ・ネコネコまっしぐらポーズです。 「若の最近のワードローブまで忠実です。裁判になればこれがいつまでも調書に」 「破れ。もっと細かく」  桔梗介は残りの紙も奪い取り、みちみちとちぎり始めました。 「焼いてやる。おい、火鉢だ」 「ひぃ、ご勘弁」  土足で上がり込む鬼公安の剣幕に、そこらで赤子が泣き出します。 「ご商売のお邪魔になってはいけません。我々は目立たぬ場所へ引っ込みましょう」 「フン」 「報告書の作成もしたいので、客室を用意していただけますか」 「もちろんでございますよぉ」  宿屋の主人は、ビクつきながら二人をはなれへと案内しました。 「こちら専用露天風呂つき、全室オーシャンビューの独立コテージとなっております」 「いや、こんな豪華にしていただかなくても」 「後ほど海鮮フルコースをお持ちしますので、なにとぞなにとぞ~」  主人は拝みたおしながら庭の飛び石を逃げていきました。 「はあ。最近の公安はダーティなイメージばかりひとり歩きして……ばふ、若?」 「風呂入る」  ジャケットを投げつけた桔梗介はさっさと浴場へ向かいます。 「いけません。安い部屋に移って正価の領収書を切りませんと、イメージが」 「黒公安だの恐怖政治だの言って、煽ってるやつがいるのさ。そいつを押さえん限り悪評はやまんだろう。ネクタイ」  桔梗介が襟元を突き出し、工藤はやれやれと首を振りました。 「この件に関しては、情報筋が正しかったようですね」 「……洋装は分からん。俺がやると結ぶもほどくも固結びになってしまうんだ」 「はいはい」  ネクタイをほどいてやってから、工藤は自分のズボンのすそを上げ、ざぶざぶと湯船をかき混ぜました。 「いい湯加減です。どうぞ」 「んー」  仁王立ちの桔梗介は、全解放テラスで自分を解放しています。 「海だ」 「そうですね」 「気分がいい」 「そうですか」  わがままジャグジーのスイッチを入れれば、わがままジェットがわがままマッサージを開始します。 「お前も入れ」 「いえ私は」 「遠慮するな」 「ですが」 「工藤」 「いえ本当に」 「あれは何だ」  眺望の彼方に、何やら動くものがあります。 「……あのぉ……」  遠い声は、宿屋の主人です。 「……海鮮フルコースをお持ちしましたぁ……」 「食事が来たようです」  オーシャンビューの中を近づいてくるのは、巨大な舟盛りでしょうか。 「でかいな」 「豪華にしなくていいと言ったのに……」 「いや、でかすぎるぞ」  そのとき、巨大な手がオーシャンビューをさえぎり、刺身を張り付けた顔がテラスにめりめりと割り込んで……。 「海鮮フルコース弁体盛りや、ワシごと食べてんか~!」 「カット!」  少年の声が響き、ミニチュア温泉にでっかい刺身が落っこちました。 「上さまぁ、近すぎます~」 「すまんすまん。興奮してもた」 「また撮り直しですよぉ。フィギュアの位置が変わっちゃったでしょう~」  若い撮影スタッフがぶうぶう言っている気配を最後に、音声トラックも途切れました。 (2)  暗い室内。  カラカラと乾いた音がします。 「と、いうわけで」 「……何が、というわけでだ」  空回りする映写機を止め、工藤は手元の明かりで資料を照らしました。 「徳川豊茂家、現在は松平弁天を名乗るラストショーグンは、趣味活動と称して小姓を引き連れ諸国を漫遊中ですが、旧幕派を集めての反乱準備罪という線で立件が可能かどうか、ひそかに足取りを追わせていたところ、滞在先に残されていた失敗フィルムを現像してみれば、こうしたマニアックなコマ撮りアニメが目白押しだったわけです」 「……」 「フランス製のむーびーきゃめらを個人輸入したようで、新しもの好きなんですね。冒頭の、手紙をびりりと破いて登場するくだりなど、演出も創意に富み」 「……」 「いえ、未編集の生フィルムでしたが確認のためこちらでつなぎました。手作り動画らしからぬドラマ性は、アップに耐える質の高いフィギュアのおかげもありましょう。設定がどう変わっても、必ず工藤が攻めて桔梗介が受」 「もういい」 「オープンロケは滞在先の景勝地です。漁師小屋での投網プレイだの、鎮守の森で緊縛修行だの、山寺で破戒僧が大暴れするシリーズは特に」 「もういいと言っている」  工藤は構わず続けます。 「後半で登場するのが弁天自身です。さきほどのようなチグハグスケールにならぬよう、フィギュアと人間を同じフレームにおさめるには、多重露光の技術を使い」 「いい加減にしないか。早く明かりをつけろ」 「そう、重要なのは明かりです。黒背景にピンスポをあて、フェードアウトとディゾルブで人物を入れ替えれば、その効果はまるで魔法」 「おい……」  桔梗介が息を飲む目の前で、ゆっくりと手元ランプを絞った工藤は、魔法のように闇に溶け……。 「登場人物が、目の前で姿を変えてしまうんや。素敵やろ」 「お前、弁天……!」  金ラメの将軍衣装で現れた弁天は、下からのライトにあおられてニヤリと笑いました。 「呼び捨ても嬉しいけど、できたら上さまって呼んでんか。ワシ、まだ退位したつもりないからなあ」 「やはり、政権奪取をもくろんでいたか」 「ちゃうねん、クーデターも二番煎じやろ。新政府がワシをトップに迎えるいうことでどやろか。ポストはミカドでもええし、総理大臣でもええ。大統領もかっこええなあ」 「与太を」 「これ見たら、何でもワシの言うこと聞きたなるはずやで」  パチッと指を鳴らすとビロードの幕が左右に割れ、スワロフスキーでデコられたギロチン台には、仰向けの工藤が縛り付けられています。 「面目ございません。さっきまで若に資料を読んでいた私は、ガラスに投影されたコマ撮りフィギュアです」 「気づかなかった……」 「すごいクオリティですね」 「さすがのフランス製や。このギロチンも高かってんで」 「若。私に構わず奴を拘束してください」 「おおっと、上さまて呼べ言うてるやろ」  弁天がラメ入りロープをスルッと緩めると、ギロチンの刃が一気に50cmほども下がります。 「ひっ」 「日本のトップをこの松平弁天とし、年号はマツベン元年に、国歌はマツベンサンバに改めや。この条件を飲めへん首は、ソッコー胴体と生き別れやで」 「私の首などどうなっても構いません」 「そうよ。交換用ヘッドがあるし、いつでもギロチンどーぞ?」  そう言って照明の中に現れたのは伊賀のヨコ丸。等身大サイズのヘッドパーツを抱えています。 「表情は苦悶にする? それとも号泣?」 「シークレットのチュー顔がオススメネー」  お揃いのくのいち衣装でピタリと並んだクレオと陽子は、互いにドールヘッドをジャグリングし始めました。 「ああ、これは夢だ」 「……若?」 「夢だから誰も死なん」 「現実逃避ですね」  遠い目をした桔梗介はネクタイをねじねじと編んでいます。 「ねじりん棒パンの二重らせんは永遠の命をもたらすだろう。そしてバタ子さんが新しい顔をくれる」 「何パンマンでも構いません。お早くご決断を」  工藤は覚悟を決めて目を閉じ、桔梗介は弁天に向き直りました。 「夢が続いているうちは、愛と勇気だけがともだちだ。救急車のサイレンでハッとして目が覚めるまで、夢の力を信じよう」  そこでじゃかじゃかとイントロが鳴り、照明がフル点灯すると、小姓姿の踊り子たちの登場となりました。 「♪お~れ~、マツベンサンバ~」 (3) 「へんてこなお芝居ねえ」  客席に座った人々は、困惑してひそひそ声を交わし合いました。 「ジャポネの演劇ってこんなシュールでしたっけ?」 「何だか期待と違いますわ」 「万博だからって気負ってしまったのかしら」  ここは日本パビリオン演舞ホール。  なぜかパリ万博に参加している桔梗介たちは、お芝居と映像の夢のコラボ、特撮イリュージョン歌劇をひっさげて公演中でありました。  突然のダンスシーンは衣装チェンジのための目くらましです。お小姓ダンスに飲み込まれた桔梗介は、愛と勇気のドリームパワーでサムライコスチュームに早変わり、サムライスキルの真剣白刃取りでギロチンの刃を受け止めると、怒り狂った弁天が大蛇と化して追いかけます。 「テンポのよさと置いてけぼりをはき違えてる感じねえ」 「作者は中二かしら」 「ねえ、マダム貞奴は出ませんの?」 「川上音二郎一座はすごい人気で、チケットは手に入りませんわよ」 「並ばず座れるからって、ハズレを引きましたわね」 「まあまあ。この極楽座も結構おもしろいですよ。ご覧なさい、あの大蛇」  着ぐるみ大蛇の弁天は、何度もジャンプしては重い胴体に足を取られ、すっかり息を切らしています。 「あれはねー、本気であのサムライに抱きつきたいんですよ」 「そしてサムライ役の俳優は本気で嫌がっているのね」 「面白いわ、バロン」 「もっと解説してくださいな。バロン」 「ほら、部下Aが盾になってかばうでしょう。あれは主人に懸想しているんです」 「ま、罰当たりな異教徒」  せっせと十字を切ってはいても、女たちはくすくす笑っています。 「ジャポネでは、男色は武士のレベル上げなんです。忠義プレイでヤり、ターン交代しちゃヤり、同棲コンボでもう大変」 「そのお話、もっとよく聞きたいわ。バロン」 「そんなすみっこにおいでにならずに、近くへいらして。バロン・ヨシザワ」 「おっと、引っ張らないで」  女たちにきゃあきゃあ囲まれ、金髪吉澤の金髪ヒゲが取れたのを、大蛇の胴体に入っていた劉は見逃しませんでした。 「いたわ、あそこ! 桟敷の端よ!」 「ち、見つかっちゃいましたね」  吉澤はマントをひるがえして桟敷席を離れます。 「出口を押さえろ!」  客席エリアはロビーへの出口を封じられれば終わりです。吉澤は迷わずステージに駆けあがり、袖幕のあいだに消えてしまいました。 「くそ、ステージ奥は意外に深いんだ。手こずるぞ」 「親方、任せたわ」 「ニャア!」  木造の舞台は大福親方の設計で、あらゆる細部にからくりが仕込んであります。  瞳孔をくわっと縦にした親方が操作ボタンを早弾きすると、テグスで吊られた回転床や落とし扉がごろんごろんと作動して…… 「あれー、捕まっちゃった」  吉澤は楽屋口でさかさに吊られていました。 (4) 「フニャハハ、観念するニャよ」 「お父っつぁん、かっこい~」 「あー久しぶり天音さん。まだ未婚の娘髷なんか結って、あのバカは本当に愚図だねえ」 「きゃ、そうなんですー」 「吉澤さまからも言ってやってくれニャ」 「おい、勝手にほのぼのするな」  親子を押しのけた桔梗介は、日本から携えた召還状を開いてみせました。 「バロン・ヨシザワこと、吉澤悦之丞雪彦(えすのじょうゆきひこ)。内務省の強制執行によりお前を本国へ連行する。手間かけさせやがって」  後ろ手に手錠をかけられても、吉澤は「ふーん」という感じです。 「もうちょっと悔しがったりしなさいよ。すっごい苦労したんだから」 「渡航禁止命令を無視して国外で悪さを働いているというあなたを誘い出すために、このへんてこ芝居を企画したんですよ」 「あー道理で。街角で見かける公演ポスターもあらすじ紹介も、僕にドンピシャのツボまくりだったわけだ」  それを聞いた冬成は思わずガッツポーズです。 「嬉しいな! 吉澤さんが好きそうな傾向を劉さんがピックアップして、僕が戯曲化したんですよ!」 「やるねえ、クリクリ坊主くん。ブラボーブラボー」 「ブラボーはまだ早いで」 「弁天さん?」  舞台袖に立った弁天は、幕の隙間から客席をのぞいています。  ほったらかしの舞台はお小姓ダンサーズがつないでいるものの、突然の中断に客席はかなりザワついているようです。 「客は、夢の続きを待っとるんとちゃうか」 「もういいんじゃないの。ウケも悪かったし」 「公安としては、あまりモタモタしていたくない。現地警察が首を突っ込んでくるかも」 「お客さまには、イタいファンの乱入につき続行不能とでも言って謝罪しましょう。入場料を払い戻してもいい」  しかし、着ぐるみ大蛇の弁天はきっぱりと鎌首を振りました。 「金の問題やない。始めた芝居を終わらせるんが、ワシら舞台人のたったひとつの使命やねんで」 「はあ」 「最後のセリフを言うまでは、幕は絶対下ろしたらあかん。諦めたらそこで試合終了や」 「べっ、弁天さん、僕、僕」 「ちょっと冬成、何を感動してるの」  弁天は冬成の肩を抱き、ダンサーたちにメドレー終了の合図を送りました。 「ショーマストゴーオンや。極楽座の舞台を途中で投げ出すなんて、座長のワシが許さへんで」 「上さま素敵!」 「上さま素敵!」  お小姓たちがハイタッチしながら戻ってきて、冬成はすっかり巻き込まれます。 「やりましょう劉さん! ショーマストゴーオン!」 「簡単に言うけどねえ」 「おーい、どうすんだ。緞帳下ろすのか」  技術助手の雅が、スイッチに指をかけて待ちますが。 「続けるに決まっている」  そう言って、桔梗介は迷わず舞台へ出ていくのでした。  なぜかと言うと、冬成の言葉は絶対だからです。  この舞台の作・演出が冬成で、演劇において演出家は神にも等しい存在だから……ではなく、今の日本のトップが彼の兄、仁科春臣だからなのでした。  急ごしらえの明治新政府は結束が弱く、陰湿に繰り返された陰湿な工作により、簡単に内部分裂を起こしました。  連鎖的にバランスを失っていった議会で、誰もその存在にピンと来ないうちに第一党に躍り出たのが「はなまる新党」。党首指名を受けたのが「俺っスか? 何で?」という名言とともに政界デビューした、仁科春臣でした。国会法とか全然整備されてない明治初期、もう何でもありなのです。  さてこの太鼓持ち男の首相就任の裏に、とある実業家の存在がありました。人呼んで、じゃこ屋のジャック。  この陰のフィクサーの驚異的な国際情勢分析により、欧州で人妻ナンパに明け暮れる吉澤が、人妻すごろくのあがりとして欧州最強の人妻・皇妃エリーザベトに接近し、フランツ=フェルディナンドよりずっと感じがいいわぁとか言わせた挙げ句、なんだかんだでオーストリアハンガリー帝国皇位継承権第一位の座におさまって、紛争続きで未亡人が多いセルビアをヨシザワ直轄領にしてもらっちゃうもんだから、民族感情をえげつなく刺激し、サラエボで暗殺されちゃって、あっと言う間に世界大戦を引き起こすであろうことが判明しました。あくまでもジャックさんの純粋な推論ですが。  吉澤が勝手に身を滅ぼすのは構わないのですが、まだ国家体制の整わない日本がいきなり世界大戦に直面することは避けたいわけで、「ストップ吉澤」の命令がジャック→ハル→内務省→公安の順に下り、公務員である桔梗介は、使節団長に任命された冬成に従い、パリくんだりまでやってきたのでした。 「くそ。帰国したら辞職する」  桔梗介は舞台中央に立ち、向こう正面をにらみすえました。 (5)  メインキャストの登場に、客席がふと静まります。 「ふざけるのもいい加減にしろ」  ライトを浴びた桔梗介は、パンと雪駄を踏み鳴らして調子をつけました。 「さっきから覚めても覚めても夢の中。一体いつになったら終わるのだ、このバカげた夢コントは」 「あのひと、お客に愚痴ってるのー」 「文章が倒置法です。あれはセリフだ……」  何かを察した工藤は、ひとまず皆を集めました。 「雅さん、幕は今しばらく。劉さん、セリフを片っ端から訳してください」  これまでだってプロジェクターで翻訳字幕が投影されていましたが、それは前もって用意されていたセリフです。 「台本は忘れていただきます。ここから先はオール一発本番でよろしく」 「何をしようっての」 「ちょっとちょっと、変更は僕を通して」  総合演出の冬成がいくら騒いでも、現場を動かすのはけっきょく舞台監督です。 「ダンサーの皆さんは待機、不測の事態には時間かせぎをお願いします。天音さん、聖剣エクスカリバーをここへ」 「了解です!」  天音は小道具置き場へ走り、弁天はワキワキと両手の指をうごめかしました。 「一発本番、気に入ったで。大衆演劇時代は急な変更なんかザラやったわ。舞台版“テニス部の王子様”のテニスウェアが間に合わなんだときは、大変やったなあヨコ丸」 「覚えてるー。設定を古式泳法・水泳部にして、衣装はふんどし、みんなエアー平泳ぎで」 「……それ、初めからエアーテニスでよかった違うカ」 「アホやなあ、レオ丸。エアーのウソ芝居やからこそ、衣装やら小道具やら、五分のリアリティが不可欠なんや」 「へー」 「逆に言うと、アイテムさえ正しかったらどんなウソ芝居もそれらしゅーなる。舞台の魔法やな」 「深いニャア~」 「どいてどいて、聖剣通りまーす!」  ひと抱えもあるエクスカリバーをあちこち押すと、箱根細工がパカッと開き、中には刀が二本隠してありました。 「お父っつぁん、こんなとこにもからくりを?」 「特注の密輸ボックスニャ。旅行中も身近に刀がニャいと落ち着かねえとかで」 「根っからのサムライねえ」  言ってる間に、工藤が鞘を抜き払います。 「はい、若と弁天さんで一本ずつですよ」 「わあい仲良し、っちゅちゅちゅーことはナニか、これから真剣で立ち回りをせえっちゅうわけか?」 「ガチ真剣ならリアリティ最強ネ」 「一発本番、お好きでしょう。えい」 「どわっ」  弁天は抜き身を握らされたまま、舞台へドンと突き飛ばされました。 (6) 「出たな、夢の怪人。お前だろう、連鎖する悪夢の元凶は」  格調高い倒置法はセリフと解釈され、即座に字幕化されますが、 「アカンアカン、ワシ武芸はサッパリや」  格調低いナニワの口語は無視されます。 「自分の尻尾を飲み込んだ、無限ループの蛇よ。その環状線の呪い、俺が断ち切ってやる。ジェイアール!」  テキトー呪文でつなぐ間に工藤が刀を持って上手袖へと走り、桔梗介はしゃべりながら後ろ手を探るのですが、慌てた工藤は長い袖幕につっかかり、そのまま舞台によろけ出てしまいました。 「すっ、すみません」 「ったく、しばらくそこにいなさい。お供が出たり引っ込んだりしたらシーンの集中が途切れるわ」 「はい……」 「あーご苦労。そいつをよこせ」  桔梗介は落ち着き払ってセリフを続け、工藤のネクタイをぐいとつかみました。 「ぐえ、若、若」  画としてはサムライが洋装男を絞殺している感じですが、桔梗介はネクタイをたすきにして袖を上げたいのです。 「りょ、両端引かれますと絞まります。輪をゆるめて、輪を」  必死でタップした工藤が自らほどいて手渡すと、しぱんとしごいた桔梗介がくるくる・キュッでたすき掛けを決め、オオーと理解の笑いが起こりました。 「字幕が必要なかったじゃないの。やるわね」  桔梗介はすらりと抜刀し、軽くグリップを確かめました。 「参る」  ブァッ。  剣風が空を斬り。  フォロースルーを数秒キープしてから、桔梗介はブンと8の字に振りました。 「こっわ、真剣こっわ」  弁天はドタドタと逃げますが、知らん顔の工藤が蛇の尻尾を踏んでいます。 「んがっ、やっぱ無理や。チャンチャンチャンでワシやられるからそれでしまいにしょ、な」  ひそひそ声の打ち合わせにかぶせて、遊女見習い中に3コードだけ習った天音が三味線をかき鳴らしました。 「そもそも刀が本モンかどうかなんて客には分からんやろ、な」 「真剣勝負が必要なんです。もう吉澤さまの手錠がもちません」 「手錠?」  そっと袖をうかがうと、ボイラー室に閉じこめておいたはずの吉澤は、ケータリングのテーブルでくのいちたちとお茶しています。 「両手ともすっかりフリーやないか。またトンズラされてまうで」 「今はまだ下世話な野次馬根性が勝っている。終演までヤツの興味を引き続けるには、本気でやり合う以外にないんだ」 「弁天さん、へっぴり腰はかえって危険です。どうか殺す気で」 「ふたりっきりの寝室やったら殺す気でイケるけども……刃物持ったキョーちゃんはちょっと」 「頼む。腕の一本程度で済ませるから」  桔梗介にしては最大級のおねだりフェイスです。 「くっ、そそるわ……いやいや、腕は二本要るねん。ごめんやで」 「弁天さん、何たって真剣ですよ。若の衣装を一枚一枚裂いていくには絶好の」 「くっ、そそる……でもワシ剣術は通信教育やし……、あ」  ピコーンとひらめいた弁天は、刀を逆手にして着ぐるみの口角をちょ・ちょんとカットしました。切り込みから力まかせに引き裂くと、怪物が大きな口を開けたようにも見えます。 「さっきからコソコソうるさい三下め、お前から食ってやるわ、がぼげー!」  蛇の口をバカッと開けて飛びかかった弁天は、呆然とする工藤の頭を丸飲みし、すぐにばふっと吐き出しました。 「ぺぺっ、ポマードクサくてしょうがねえ。なら足から食おう。がぼごー!」  叩き上げの大衆演劇ゼリフは、きっちり字幕になっています。 「あの、あの」  蛇の口に工藤をわさわさと引きずりこんだ弁天は、ズルズルと胴体を後ずさり、尻尾の先からまんまと袖へ逃げました。 「ほな、あとはあんじょう盛り上げてや☆」  あとに残った工藤は、足から入って普通に着ぐるみを着た形です。 「若、すみま」 「わーはーはー、お前の部下の姿を借りてやったわ。可愛い部下を斬れるかな?」  工藤が何を言おうとしても、袖から弁天がアテレコします。 「刀を拾え。お前とやるしかない」 「そのようです」  ぴったり同じ構えから、主従はじりりと間合いを決めました。 (7)  たたた……ズバッ!  ライトに白刃がひらめき、布きれが宙を舞います。 「あれは、真剣だ」 「モン・デュー!」  観客は大喜びです。  桔梗介は着ぐるみのびろびろ部分を斬り、尻尾を断ち、腹をさばいて、きれいに工藤を取り出しました。 「どうだ蛇め、かば焼きにしてくれるわ」  桔梗介の勝利宣言でひとまず息をついた工藤は、ギョッとして字幕スクリーンを見つめました。 「大蛇は脱皮してレベルが上がった……みたいに読めますが。フランス語は一夜漬けで」 「RPG要素です。吉澤さんウケを狙って」  袖では劉と冬成が、プロジェクターに字幕をでっちあげています。 「中二さに食いついてもらえるといいんですけど」 「あいつ、ケータリングのパン平らげてどっか行っちゃったのよ!」 「だそうです、若」 「まだ近くにいるはずだ。どうにかして盛り上げろ」  桔梗介が斬りかかりますが、着ぐるみのクッションを失った工藤はつい余裕をもってかわしてしまい、殺陣としての華がありません。 「もっとギリギリでかわすんや、ヘタクソ」 「すみません、地味で……」 「地味さはガヤでカバーよ、ホラ手の空いてる人!」  劉はヒマそうな二人を舞台へ蹴り飛ばしました。 「ねえねえ、レオ丸」 「どしたネ、ヨコ丸」  のんきに会話を始めたのは、通りすがりのくのいちです。 「パリで面白いことあったー?」 「あんまりホテルから出てないネ。ホテルメイドちょう可愛くて、スケッチしまくりヨ」 「私もそろそろフレンチ飽きてきたー」  ガールズトークはどこへ行きつくこともなさそうです。 「少しはサムライに触れなさい、不自然でしょ!」 「ミニスカくのいちにリアリティ求めたら終わりネ」  二人はかったるそうに舞台の前端に座り、足をぶらぶらさせました。 「見て見て、あそこの二人もリアリティ薄い感じー」 「ひとりは和装にネクタイ、ひとりは洋装に刀傷。どっちもカタナ使いとしちゃチグハグアイテムネ」 「こら、そこな女子、うるさいわ」  袖で弁天がしゃべり出すので、工藤は慌てて身振りを合わせます。 「男の勝負に口を出すとはちょこざいな。古来より、ヤマトダマシイはふんどしに宿ると言う。ふんどし付けてる方が真のサムライであるぞ。ちょっと証拠を見せてやろう」 「えっ」  工藤はベルトを押さえて首を振りましたが。 「お前ちゃうわ!」 「口語はノーカウントですよ、弁天さん」 「ちょっとやめなさい、二人とも。大蛇が大蛇にツッコんだらわけ分かんないわ」 「劉さん、こうなったら本筋に戻りましょう!」  冬成が必死で台本をめくります。 「本来ならここからが見せ場なんです。浜でいじめられてる人妻を助けたり、お礼に人妻竜宮城に招待されたり、とにかく人妻たっぷり展開で、きっと吉澤さんも」 「いいえ。だってアイツは楽屋口で捕まったのよ」 「そうか。メイク室の男子部室っぷりを見られては」  くのいち以外、女優はすべてチーム弁天による女形だとバレた以上、人妻展開には何の魅力もないのでした。 「ごめんなさい、僕たちがオトコなばっかりに……」 「あんたたちのせいじゃないわ。そもそもラストまでやる予定じゃなかったし。女装の男が舞台に上がるのは西洋じゃ不道徳なんですって」 「ううむ、八方塞がりや。いや……?」  不屈の弁天は諦めません。 「女装でなければええんやろ」  座長のキューで、少年たちは一斉に衣装を脱ぎ捨てました。 「よっしゃ、行てこい!」 「な、何だ」  ふんどしいっちょの集団が、サムライ二人を取り巻きます。 「ダンサーの皆さん、衣装がないと不自然です。衣装とはリアリティの保証であり、舞台のウソを成立させる大切な」  工藤が小声で言い聞かせますが、少年たちはヒラヒラと絡んできます。 「おい、触るな」 「ちょ、ボタンをはずさないでください」  危なくて剣を下げられない二人はバンザイ姿勢でされるがままです。 「何なの。この不道徳展開」 「ふんどしの精霊や。演者に気持ちよー脱いでもらうための優しさやんか。さて、ワシも出陣♪べふ」  エアー平泳ぎでひとかきした弁天は、劉に足を引っかけられてこけました。 「アンタが出たら設定台無しなんだってば」 「お前、世が世なら打ち首やで……」  弁天は袖幕にすがって鼻血をぬぐいました。 「あとは頼むで精霊たち。まずはサムライの袴(はかま)のヒモを……ふっふっふ。追っ払おうったって無駄やでキョーちゃん」  工藤が字幕をチラ見ます。 「若、人間の目に精霊たちは映らないのであった。だそうです」 「黒衣のようなものだ。くそ、演劇のお約束は絶対だぞ……」 (8)  袴がほどけてハラリと落ち、いわゆる着流し状態になりますが、桔梗介にはなすすべもありません。 「え、ええぞ、つつ次は、おおお帯や」 「本来の目的を見失ってるわよ。ここからどうやって人妻スキーを釣り上げるっての」 「ああして人が困ってりゃ、吉澤的にはこの上ない娯楽なんじゃねえか?」 「そんな気はするわ……どうかこらえて、樋口さん」 「こういう展開はどうでしょう、上さま」  すっかり信者な冬成は、キラキラ目で草稿を書きまくっています。 「そしてふんどしいっちょとなった桔梗介は、ふんどしの精霊にヤマトダマシイを認められ、最強の武器エクスカリバーを、ふんどしいっちょで授けられるのであった」 「むっ、ええな!」 「クライマックスはやはり大蛇を本来の姿に戻しましょう。群舞に乗じて工藤さんと真剣をハケさせれば、上さま相手に樋口さんが使える武器は、箱根細工の木工品のみ」 「お前、才能あるやないか」  弁天はわなわなしながら支度を始めました。打ち捨てられている着ぐるみの尻尾を巻けば、プロテクター代わりになりそうです。 「ふっふっふ。木刀やったらワシ、どんだけボコられても平気やで」 「上さま、最後はちゃんと負けてくださいよ」 「分かっとるがな。フィナーレはキョーちゃんに花持たして散ったるわ。それまでは、絡むで~。ネチョンネチョンに」 「ダメよホモホモしい。こっちじゃそーゆーのはNGだって言ってるでしょ」  しかし、弁天はきりりと蛇ふんどしを締め上げます。 「御法度がある言うことは、誰もがやっとる言うこっちゃ。ノンケが味覚えると病みつきになるからな。もとは西洋でも一般的な習慣やったはずやで」 「見てきたように言うわねえ」 「現地の傾向は調査済みや。パリは表の顔こそおシャレやが、路地一本入ればイケナイお店だらけやったで。断言しよう、びーえる臭はパリっ子にウケる!」  弁天がグンと拳を握り、本番のアドレナリンでおかしくなった一同が「上さま素敵」を唱和しそうになったそのとき、舞台で悲鳴が上がりました。 「キャー」  精霊のひとりが、前を押さえてしゃがんでいます。  桔梗介はふわふわと剣先を振りました。 「この辺にも霊気を感じるぞ。目には見えんが」  ずばっ。 「やーん」  ずばっ。 「キャー」  サムライスキルのダウジング剣で、少年たちのふんどしの紐が次々斬り払われていきます。  弁天は袖に駆け寄りました。 「アカン! ポロリは厳禁や」  布を押さえるのに手一杯で、もう精霊はサムライに手が出せません。 「引っ込めガキども。出番は終わりだ」  ダンサーチームを追い立てながら、桔梗介はニヤリと笑いました。 「思ったとおりか。アングラ系の前衛演劇が唯一恐れるもの、それはわいせつ物陳列罪による公演中止だ」 「ちくしょうー!」  弁天は膝から崩れ落ち、悔しげに床を叩きました。 「どれほど際どいパフォーマンスをしようとも、ギリギリでブツを出さんのがワシらの誇りや。舞台人の矜持をようもオモチャにしてくれたな。鬼公安はん……」 「何を二人だけで盛り上がってるの。全然字幕にできないわ」  劉が天を仰いだそのとき。 「はーっはっは! 見事なふんどし武装解除、さてはお前が悪名高きふんどしザムライだな!」  セリフ感いっぱいの倒置法ですが、字幕化の必要はありません。すでにフランス語だからです。 「あーヨッシー」 「さすが、現地で恋愛すると語学身に付くの早いネ」  ぶらぶらとやってきた吉澤は客席通路で立ち止まり、雅が照明を向けるのを待ちました。 「僕はずっと見ていたが、お前は新政府で職を得ながらいまだ旧時代的主従ごっこを忘れられずにいるようだな。革命の志士たちが血と汗と涙で勝ち取ったご一新の成果を、お前はネクタイがめんどいからって台無しにしようというのか。許しがたき不心得」 「ちょっとちょっと、これ以上新しい設定盛らないでちょうだい」 「いいじゃん、僕も仲間に入れてくださいよー♪」  片手でひらりとステージに上がった吉澤は、マントから日本刀をはみ出させています。 「ここで会ったが百年目。ふんどしザムライ、僕と勝負しろよ」 (9) 「……相手になろう」  何語であっても、殺気あふれる宣戦布告は万国共通です。  サムライたちは三角形のフォーメーションから互いの利き手を牽制し、ゆっくり反時計回りに動き始めました。 「フン、刀を調達しに行っていたか」  吉澤のグリップにタグがぷらぷらしていて、「ムラマッサー」と読めます。 「日本パビリオン工芸館がすぐそこですからね。村正だ長船だ、名品がわんさかありましたよー♪」 「刃こぼれしても責任取らんぞ」 「下手な受け太刀なんかしませんよ。僕は攻め専門!」  吉澤が突きかかるのを桔梗介がかわし、工藤が飛びすさって場所を空けます。 「と、狭い」 「バカ正直に一人ずつ来るからさ。僕は二人いっぺんでもいいんだよ」 「おや吉澤さま。ケンカはサシでしかなさらない主義だったのでは?」 「おや工藤くん。あいにくカップルは二人で一人とカウントする主義でね」 「光栄です。もとより主とは一心同体」 「くっちゃべってると舌噛むぞ」  ビュッ。ズバッ。ダムッ。  剣風と踏み込みが入り乱れ、もうどれが誰の間合いか分かりません。 「こ、れは……」 「すごい」 「ワシも、ワシもヤりたい、んんん~」  袖幕にかじりついた弁天は、内股で腰をくねらせました。 「ぬあんてセクシーな命のやり取り……ワシも“いっぺんに来い”とか“舌噛むぞ”とか言いたい言われたい、でも日本刀コワい、ああ~」  アンビバレントな欲望に引き裂かれる弁天に、冬成がエクスカリバーを差し出します。 「上さま、こういうのはどうでしょう。蛇の尻尾から出てきた弁天そっくりのエクスカリバーの化身は卵の頃に別れた1つ違いのお兄さん蛇で」 「長い長い。それにワシ、その鈍重木刀であのハイスピード殺陣に斬り込む根性ないで」  吉澤が下から跳ね上げ、工藤が呼応して桔梗介がフェイク、まっ芯での打ち合いを受け流す角度で刃が触れると時折チカッと火花がともり、3Pチャンバラは呼吸ひとつはずしても命取りの超接近戦です。 「とと、うわっ!」  初めて太刀すじを読み違えた吉澤は、身をひねって転がりました。よれよれで起き上がり、エナメルのおシャレ靴を蹴り脱ぎます。 「ああ、もちろん靴のせいですね。おもり入りの特訓シューズでしたか?」 「うるさいな。サイズが合ってないんだよ。ちょっと慌てた時に、友達の旦那のを履いてきちゃって」 「間男め」 「その人妻属性のおかげで我々が苦労を……っ」  肉声のやり取りは「バーカ」「お前だってバーカ」の応酬ですが、字幕上はフランスのお家芸、市民革命をめぐる激論になっています。 「旧体制にしがみつくふんどしザムライを、パリ留学中の金髪ザムライが啓蒙するって感じでどうかしら。万博ホスト国に媚びててヤらしいけど」 「さすが劉さん、媚びすなわち王道の安定感ですよ!」 「びーえる臭よりずっとマシネ」 「一気にフィナーレ行くわよ」 「そろそろ終幕のようです、若」 「フン、俺が降参すればいいのか」  皆がスクリーンを見上げ……、字幕が出ました。 「金髪ザムライの熱い革命精神にふれたふんどしザムライは、この好青年にならふんどしを渡してもいいと考えるのであった。注・ふんどしはヤマトダマシイの象徴で、降伏の白旗に使う、と。すごい劉さん、何とか大団円です!」 「こらえてね、樋口さん」  劉が合掌し、あとは役者に託されます。 「う、ええと」 「どうした工藤。早く訳せ」  乱闘で着くずれた桔梗介は裾も割れまくり、客席からの視線誘導も完璧で、あとは前フリのまま終わるだけ、なのですが。 「客が俺を見ている。腹まわりへの期待度がすごいぞ。ハラキリか、ハラキリなのか」 「いえその、革命の夢を称えてめでたし? みたいな?」 「何だその語尾上げは」 「ぬるいよ。僕がわざわざ戻ってきたのは、そんなぬるぬるドリームのためだと思う?」  吉澤は握りを変え、フルスイングで村正を突き立てました。床に。 「吉澤、一体何を……」 「僕はね、みんなを夢から覚ましに来たんですよー♪」 (10)  ぽっかり開いた舞台中央に、長太刀がびよーんと立って揺れています。 「何、このパターン……」 「急に妙なことが起こって夢から覚めるっていうアレー?」  舞台裏でもクエスチョンマークが揺れまくりです。 「じゃあ、これってぜんぶ夢だったの?」  天音は半泣きで三味線を抱きしめました。 「雅ちゃんとパリ旅行なんて、幸せすぎると思ってた……」 「バカ、夢なわけねえだろ」 「だよね、月夜のデートも夢じゃなかったよね」 「し、知らねえぞ、やっぱ夢かも」 「人生ひとときの夢に過ぎニャいって哲学的たとえニャよ。深いニャア」 「違う違う。説明しよう♪」  吉澤は観客への配慮もおこたらず、二カ国語で始めるのでした。 「夢を見ながら、これは夢だと気づいてることってあるよね」 「ええ、まあ……」  サムライ二人は中段に構えたまま、吉澤が右へ行けば右に、左へ行けば左にと距離を取るばかりです。 「流れに大人しく付いて行きはするけどさ、丸っきり何かがおかしいと、頭のどこかで分かってる」 「やめてちょうだい。そうやって自由に動かれると、演劇のお約束で時間が止まってるみたいだわ」 「演劇のお約束ならいいですけど」  冬成はビクビクと暗がりを見回します。 「吉澤さんがマントをがばーってやると村正にビカビカーッと雷が落ちて、舞台がぱっくり割れたら僕たちはどこか知らないコンクリートジャングルで目覚める、とかそういうお約束だったらどうします」 「こ、怖い中二プロット広げないで」  舞台最奥まで歩いた吉澤は、そろりとマントをかき寄せました。 「全員に心当たりがあるはずだよ? これが現実のはずない、今にも舞台の底が抜け落ちるんじゃないか、そう頭のどっかで疑う気持ちが……」 「ダメ、ヨッシーどんどん怖い方向に行くみたいー」 「ニャアニャア、おいらチェシャ猫、ふしぎの国の夢オチニャよ~」 「お父っつぁん、がんばって」 「展開をこっちに取り戻すのよ」  舞台袖はてんやわんや、色んなものの境界線がブレブレです。 「皆さんお疲れですね。どうしましょう、若」 「無茶ブリには乗るまでだ」  桔梗介はブレない理性のかたまりであり、スマイルキープの吉澤に、抜き身をオラオラと指しつけました。 「目覚めているという感覚も、またひとつの幻想にすぎんと言うのだな。現実を疑いだせば切りがないぞ。どうオチをつける」 「リアリティですよー♪プレイのカナメはリアリティ♪」 「リアルかどうか判断するのは、当てにならない自分の主観だろう。基準の物差しが中二だったらどうにも」 「じゃ、こうしよう♪」  吉澤がマントを広げると、裏地はなぜかフランスパン柄です。 「今の僕らのリアリティがどれだけのもんか、お客さんに聞いてみようよ。アロー、マダームエムッシュー、僕フランスパンマン♪」 「おい、客に直接しゃべるやつがあるか。演劇のお約束ではステージと客席のあいだを見えない壁が隔てて……!」  止める間もなく、吉澤は壁を突き抜けてべらべらしゃべり始めます。 「工藤、何と言ってる」 「ここ最近のダイジェスト日本史でしょうか。明治維新からはなまる政権の発足から、仁科万博使節団の出発までをザザーッと」  ダイジェストの最後でドッと笑いが起き、爆笑はいつまでも収まろうとしません。 「かなり笑えるみたいー。ヨッシーのバゲットジョーク?」 「今日イチのウケだニャ。ちょっとショックニャ……」  客席は波打つように揺れています。 「冗談キツいわ、ジャポネーゼ~」 「遠路はるばるやってきて、フハハハ~」 「俺たちにはとてもできないぜ、そこにシビれる憧れるゥー」 「何て、劉さん!」 「工藤!」  通訳二人は、足元の底が抜けたようにフラリとよろめきました。 「我々は、大きな思い違いをしていたようです……」 ---- テキスト版2へつづく!